貸金業法、建築基準法、金融商品取引法、携帯電話の割賦販売に続く第5の「K」が官製不況をもたらす、というお話。
携帯電話の割賦販売導入で縮小した市場
“官製不況”で携帯販売激減 4番目の「K」業界悲鳴 – FujiSankei Business i.
新料金プランが直撃/メーカー淘汰必至
携帯電話の販売台数が急減している。総務省の“指導”により、昨年秋以降、携帯端末の価格は高くなるが、利用料が安くなる新たな料金プランが導入され、1台の端末を長く使う人が増えたためだ。国内で8社がひしめく端末メーカーの今年度の出荷台数は2割近く落ち込む見通しで、再編・淘汰(とうた)の加速は必至だ。関係業界からは、貸金業法改正、建築基準法改正、金融商品取引法施行に続き、携帯で「4K」となる“官製不況”に悲鳴が上がっている。(上野嘉之)
携帯電話の販売方法については高額なインセンティブを使って初期費用を安く見せかけるという方法に問題があるということは以前から指摘されていて、最近になって携帯電話の購入時に初期費用の安い分割払いか月額費用の安い一括払いを選べるようにシフトする流れになっている。ユーザの声というか、ユーザの声をくみ取った総務省の指導によってだ。
バリューコース・ベーシックコース – NTTドコモ
au買い方セレクト – au
新スーパーボーナス – SoftBank
高額なインセンティブによる販売方法の何が問題かというと、ユーザは常に購入費用が安く買えることだ。何回機種変更をしても安く買えるのだから、短いサイクルで携帯電話を変えた方が得になる。反面、長いサイクルでしか携帯電話を変えない人は損になる。なぜなら購入費用を安くするための補填費用は月額料金に上乗せされてユーザ全体で負担することになるからだ。そして、短いサイクルでどんどん買い換える風潮になった結果、全体としての購入金額が膨らんでゆく。キャリアとメーカーにとっては天国だが、ユーザにとっては地獄でしかない。
新しい買い方を導入したことで、これが改善された。
まず月額料金に補填分が乗らなくなったので基本料は安くなった。一方で購入費用を安くすることをやめて、ユーザは自分の購入する金額だけを負担すれば良いこととなった。これでユーザ間の不公平さは消え、短いサイクルで買い換える流れもなくなった。結果としてユーザ全体の負担金額が下がった。一方でその割を食ったのが端末メーカーだ。新しい機種を出しても売れない。
…本来あるべき姿に戻ったというべきだが、これまでずっと安定した収入をたたき出していた電機メーカーの携帯電話開発部門には魅力がなくなった。すでに開発部門はメーカーから見切られ始めていて、身売り・合併・再編の流れが起きている。
この割賦販売にまつわる総務省の指導は「官製不況」というほど影響範囲は大きくないので「4K」というより「3.5K」ぐらいかなと個人的に思う。
割賦販売の仕組みとは
ここでちょっと割賦販売の仕組みについて説明しよう。
新しい販売方法で分割払いで携帯電話を購入する場合「割賦購入あっせん契約」というのを結ぶことになる(一括払いの場合は不要)。この契約はパソコンや車を分割払いで購入するときの契約と同じもので、法律的には「個品割賦購入あっせん契約」という。一言で言えば信販会社に商品金額を立て替えてもらっているのと同じだ。販売店は商品代金をすぐに全額回収でき、後は契約者が信販会社に毎月支払いを行う。クレジットカードで分割払いにするのと同じ仕組みだ。ただし、クレジットカードで分割払いにする場合は法律的に「総合割賦購入あっせん契約」という別のものになるので法律上のハードルの高さや事故率に違いがある。契約者にとっての違いといえば、クレジットカード分割払いだと手続きは簡単だが、個別割賦は商品購入ごとに契約書にサインする必要があることぐらいだ。(割賦購入あっせん以外にも割賦にはいろいろある。分類についてはこちらに詳しい)
総務省は携帯電話キャリアに対してこうした「割賦購入あっせん契約」を使用した販売モデルを採用するように求めており、大手3社は昨年までに導入を完了している。(ソフトバンクは2006年10月、NTTドコモとauは2007年11月)
ところがここに来て、その販売モデルを再度変更することになりかねない事態が起こった。割賦販売法の改正だ。
今年6月、割賦販売法の改正法案が国会で成立した。その内容は悪徳商法による安易なクレジット支払いの押しつけを防ぐため、信販会社は与信調査を徹底して不要な購入をはじくようにしなさいというものだ。割賦販売の敷居の低さを利用して支払能力のないような人に個別割賦での購入を押しつけるといった悪徳商法が起きており、その温床をなくすための対策だ。しかしその法律がいつの間にか脱線してクレジットカードを規制する法案に様変わりしていることから、各所で問題視する声が出ている。
割賦販売法はこう変わる
とりあえず、経済産業省による基本資料はここにある。
特定商取引に関する法律及び割賦販売法の一部を改正する法律案について(METI/経済産業省) – 経済産業省によるプレス
【法律改正の概要】
(1)規制の抜け穴の解消
①規制の後追いから脱却するため、現行の指定商品・指定役務制を廃止し、訪問販売等において、原則すべての商品・役務を規制対象とします。(特定商取引法・割賦販売法改正)
②その上で、クーリング・オフになじまない商品・役務(例:生鮮食料品、葬儀)等は、該当する規制の対象から除外します。(特定商取引法・割賦販売法改正)
③割賦の定義を見直し、現行の2ヶ月以上、かつ3回以上の分割払いのクレジット契約に加えて、2ヶ月以上後の1回払い、2回払いも規制対象とします。(割賦販売法改正)
(2)訪問販売規制の強化(特定商取引法改正)
①訪問販売業者に、契約を締結しない旨の意思を示した消費者に対しては、当該契約の勧誘をすることを禁止します。
②訪問販売によって通常必要とされる量を著しく超える商品等を購入する契約を結んだ場合、契約後1年間は契約の解除等を可能にします(消費者にその契約を結ぶ特別の事情があったときは例外)。
(3)クレジット規制の強化(割賦販売法改正)
①個別クレジットを行う事業者を登録制の対象とし、立入検査、改善命令など、行政による監督規定を導入します。
②個別クレジット業者に訪問販売等を行う加盟店の行為について調査することを義務づけ、不適正な勧誘があれば消費者への与信を禁止します。
③訪問販売業者等が虚偽説明等による勧誘や過量販売を行った場合に、個別クレジット契約も解約し、既に支払ったお金の返還も請求可能にします。
④クレジット業者に対し、指定信用情報機関を利用した支払能力調査を義務づけるとともに、消費者の支払能力を超える与信契約の締結を禁止します。
(4)インターネット取引等の規制の強化
①返品の可否・条件を広告に表示していない場合は、8日間、送料消費者負担での返品(契約の解除)を可能にします。(特定商取引法改正)
②消費者があらかじめ承諾・請求しない限り、電子メール広告の送信を禁止します。(特定商取引法改正)
③クレジット事業者に対して、個人情報保護法ではカバーされていないクレジットカード情報の保護のために必要な措置を講じることを義務づけるとともに、カード番号不正提供・不正取得をした者等を刑事罰の対象とします。(割賦販売法改正)
(5)その他
①違反事業者に対する罰則を強化します。(特定商取引法・割賦販売法改正)
②クレジット取引の自主規制等を行う団体を認定する制度を導入します。(割賦販売法改正)
③訪問販売協会による自主規制の強化を図ります。(特定商取引法改正)
(※以後、この法律について私見を述べていますが私はとりたてて法律に詳しいわけではないので誰かもっと詳しい解説をしている人とかここに続くコメントとかトラックバックとかを見ておくと馬鹿を見ないですむと思います。念のため!)
注目したい点は次だ。
第35条 3の3
クレジット会社は支払能力があるかどうかをしっかりと見極めなさい。支払能力の基準は経済産業省が決めます。(意訳)
つまり、パソコンや車を買うときにローンを組む場合はいちいち年収や銀行口座の残高証明を提出しなくてはならない。他の借り入れ状況や支払履歴まで証明しないといけない。…と言わんばかりだ。実際の基準は経済産業省が決めるのだろうが。
これがその通りだとすると、1万円で携帯電話を買ったとしてもNTTドコモやKDDIやソフトバンクは支払能力の調査をしなくてはいけない。トヨタの販売会社も三越も高島屋もヨドバシカメラもみんな支払能力の調査をしなくてはいけない。
(注意:自動車購入時に提携銀行ローンを使用する場合など、割賦購入あっせんではない割賦販売もあるので全部が全部ではない)
第35条 3の4
経済産業省が決めた支払能力を超えてローンを組むことは認めません。(意訳)
この基準というのが厳しい。簡単に言うと「自宅を売ったり担保に入れたりすることなく生活維持費を確保した上、支払いに充てることができると見込まれる1年間当たりの金額」となる。これにさらに経済産業省が一定の係数を掛けるのだ。400万円の年収の人が200万円の車をローンで買おうとしてはじかれても文句が言えない。個別割賦だけでなく包括割賦も同様に規制対象で、クレジットカード業界では「係数を変更すれば自由に与信枠のコントロールが出来るのは事実上の総量規制ではないか」と動揺が広がっている。当の経済産業省は総量規制を否定しているが、貸金業法改正の際には総量規制が導入されて業界が大混乱に陥ったことから油断はできない。
貸金については現在「年収の3分の1まで」という制限がかかっており、新しくできた消費者庁に所管が移されることになっている。割賦販売法も所管になるかについてはまだ不明だが、消費者庁設置時の文書には割賦販売法についても触れられている。もし両法律とも消費者庁が担当することになれば、貸金業法と割賦販売法の枠が統合される可能性がある。そうするといよいよ与信枠は小さくなっていく。
それから、現状では同居家族の収入を信用情報の一つとして無収入の主婦や学生にもクレジットカードを発行している。貸金業法と運用が統合されれば無収入を理由にカード審査を落とさざるを得ないし、既に発行したカードも停止しなければならないだろう。百貨店やショッピングセンターの収入激減は必至だ。
第35条 3の10
契約時に脅したり不利益になる情報を隠したりするとその契約は撤回できます。契約が撤回された場合、既に払った代金は返還請求できます。(意訳)
つまり、契約に際して何か不備があれば既にいくら払っていようと金額の返還が保証される。誰もが恐れた貸金業法の過払い請求と同じことが起きる。
現状では改正割賦販売法は未施行(成立から1年6ヶ月以内に施行)で、監督官庁も実運用も未定のままだ。しかし法律だけはしっかりと成立しており動揺だけが確実に広がっている。何も決まっていないままという「恐怖」が業界の萎縮を拡大させるというのは金融商品取引法の導入時を見れば明らかだ。
「金融危機拡大は過剰与信の結果で、それを規制するのは当然のこと」というのは分かる。しかしバブル崩壊の話には総量規制という単語がついて回るし、支払能力の算定基準によってはバブル崩壊時と同様に消費を急減速させかねない。だいいち、財政出動してでも消費を拡大させる政府の方針と矛盾するし、これまで国策でやってきた住宅ローンの過剰供給の方針とも食い違う。金融危機を招いたサブプライムローン問題の本質は過剰与信で住宅ローンを高リスク層にも拡大していたことではなく(もしそれだけだったら単なる土地バブル崩壊で終わってる)、高リスクを高リスクときちんと認識できなかった金融システムの欠陥によるものだ(と私は信じている)。貸金業法もそうだが、高リスク取引の存在を許さない法規制はどう考えてもおかしい。本当の問題は高リスクと低リスクがごちゃ混ぜになってしまうことなのに。
次々と法律を脱線させていって一体何がしたいのだろう。遅くとも1年以内に、迷走劇場の第4部――金融商品取引法、貸金業法、建築基準法に続く――が始まる。
携帯電話の販売方法はこう変わる
話を携帯電話の割賦販売に戻そう。
考えられるシナリオとしては、携帯電話を割賦で購入する際には信用調査が必須になるので、場合によっては収入証明や銀行口座の残高証明を提出しないといけない。これを嫌った携帯電話ユーザが割賦販売でない以前の方法で支払うことを選択することも増えるだろう。そうせざるを得ない人も増えるだろう。いやもしかすると、信用調査や個人情報管理などで煩雑になることを嫌った携帯電話キャリア自らが以前の販売方法にシフトするかも知れない。これでは、総務省の指導に反することになる。
一つの結論としては、イー・モバイルのやっているような長期契約割引とかご加入アシストとかいう複雑なしくみを作って擬似的に割賦販売を実現するやり方がある。この方法だと割賦購入あっせん契約はいらなくなるし、総務省の指導にもある程度沿う。(風の噂では某社では本気で検討しているとかしないとか)。
かつてソフトバンクが先陣を切って割賦販売を導入したとき「新スーパーボーナスは分かりにくい」と散々叩かれまくったが、もっと複雑でいやらしいプランを用意したイー・モバイルがここにきて一人ぬくぬくとしているのは何かの皮肉なのだろうか。
以上、ドコモとイー・モバイルを使っている1携帯電話ユーザの他人事ではない話、ってことで。
(※再掲:この法律について私見を述べていますが私はとりたてて法律に詳しいわけではないので下に挙げた参考資料とかここに続くコメントとかトラックバックとかを見ておくと馬鹿を見ないですむと思います。念のため!)
蛇足
こういうのって、なんでニュースにならないんだろうね。
まともな分析記事は下に挙げた参考資料ぐらいしか見つからなかった。情報少なすぎ。
参考
一次資料は以下。
特定商取引に関する法律及び割賦販売法の一部を改正する法律案について(METI/経済産業省) – 経済産業省
割賦販売法 – 法令データー提供システム
二次資料は以下。
“総量規制”への可能性が残る割販法改正案に業界は騒然 – ダイヤモンドオンライン
トヨタも恐れる割販法改正 – 日経ビジネスオンライン
クレジット払いに規制の網 改正法案の中身に信販業界は騒然 – 日経ビジネスオンライン
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割賦販売法改正の行方を監視しよう! – All About マネー
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個人ブログによる分析は以下。
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