注意深く読めば10年、20年と使える栄養学データの読み取り方解説本。
ざっくり言えば「ブルーベリーは目を良くする」「糖質制限で楽に減量できる」といった世間にあふれる様々な情報の中から、確からしい情報とそうでない情報をどのように切り分けるべきかを解説した本。
著者は人間栄養学・栄養疫学の専門家で、科学的根拠に基づいた栄養学(EBN:Evidence-based nutrition)の流れに沿って大小さまざまなテーマを取り上げている。
- コレステロールを摂取しなければ健康か(実はそうではない)
- 甘い飲み物はなぜ健康に良くないのか(実は分からない)
- 糖質制限で健康になれるか(実はそうではない)
- そもそも研究論文がどれくらい信用できるのか(あまり信用できない)
などなど。
栄養疫学とは
食物のとり方・栄養のとり方を疫学的に分析するという栄養疫学。その成果のうち特に分かりやすい例がある。
1950年代から60年代にかけての話だが、フィンランドなどの7ヵ国で心筋梗塞に関する大規模な調査が行われた。世界一心筋梗塞の多い国だったフィンランドとその他の国々とで食事と心筋梗塞の発症状況を調べたのだ。この調査によって得られた結論は「飽和脂肪酸の過剰摂取が血清コレステロールを上昇させ心筋梗塞の原因となる」というもの。ひらたく言えば動物性脂肪の食べ過ぎが心筋梗塞を招くということだった。フィンランドではこの結論を受けて「普通牛乳を低脂肪乳に、バターをマーガリン ((トランス脂肪酸の危険性についても触れられているのでご心配なく))に変える運動」が行われた。その結果、現在ではフィンランドの心筋梗塞死亡率は著しく減少することになった。
フィンランドの人たちは食べる物を変えた。それは国内の畜産業への影響や、食文化に関する保守的な考えを上回ってでも市民の健康が優先だと判断した結果だった。
栄養学の研究にはそれだけの重みがあり、それと同時に、研究結果の読み解き方に十分に注意を払う必要がある。私たちが「○○が身体に良い」「○○が身体に悪い」という言葉を耳にしたとき「はて、私は何を食べれば良いのだろう?」と混乱するだろう。毎日の食事を変えることは大変だ。そこで挙がっている研究結果が、これまで自分が食べてきたものを変えるに値するだけの信頼度を持っているのか。その信頼度を測るためのツール、疑うための考え方をこの本では多数紹介している。タイトルにもある通り「ぶれない食べ方」を実現するための鍵がそこにある。
コンプライアンス、ブラインド
例を挙げていこう。
糖質制限ダイエットに効果があるかどうかを検証した第5章では「コンプライアンス(遵守)」の考え方が出てくる。食事を制限したりする調査では、どうしても指示に従わない(従えない)人が出てくる。制限食群の人が実際に摂取した量を調べていくと、長期間になるに従って(指示が守られなくなって)平均的な摂取量と変わらなくなり、調査する意味が薄れていってしまう。
また、薬の効果調査にも使われる「ブラインド(盲検化)」をしようとすると、薬と違って食材を変える都合上、調査内容が被験者に推測されてしまい、指示を守らなかったり逆に守りすぎたり、この機会にと運動まで始めてしまうかもしれない。栄養学の調査はこのような制限があるため、薬のように簡単にはいかないようだ。
著者はこう結論している。
糖質制限ダイエットの効果を科学的に調べるのはとてもむずかしく、最終的な結論はまだ出ていません。現時点で言えるのは、やせるか否かの本質は、糖質を減らすか否かではなくて、エネルギー摂取量にあるということです。
とてもつまらない結論だが、銀の弾丸など存在しないということである。
利益相反、情報バイアス
第6章では研究論文にスポットを当てて、どのようなバイアスがかかりうるかを説明している。
著者は20の研究を集め、研究費の出所が企業の場合とそうでない場合で、「甘味飲料と体重増加の関係」があるか無いかの結論が変わってくることを示す。研究は公平・中立に行われるところ、研究費の出所(この場合は企業)に有利なように結論が歪められた可能性を疑い、これを「利益相反」として説明している。
また、世間では「効かない」という話よりも「効く」という話の方が興味を持たれやすいことを挙げ、情報バイアスの一つとして説明している。このことからも、エビデンスは単一の論文だけでは十分ではなく、多数の研究の積み重ねによってようやくエビデンスたり得るということが示されている。
行き着く結論はつまらない
この本を読めば読むほど、結論がつまらなくなってくる。
玉ねぎは高血圧に効くかどうか分からない。
糖質制限ダイエットの効果は分からない。
朝食をとらないと太るけどその理由はよく分からない。
で、何を信用すれば良いのかというと、栄養士の言うこと、医者の言うこと、厚生労働省のガイドラインとかの権威の言っていること。これらは10年やそこらで言うことは変わらない。ますますつまらない。
でもそれで良い。耳目を集めるような大発見などそうそう無いのだから、現在の栄養学の基本的部分を注意深く理解し、エビデンスの足りないものは疑っておけば、10年20年といったスパンで見た時に、様々な情報に振り回されている人よりもいくぶんかマシな生活を送れるだろう。
著者は何度も繰り返している。「自分の身体は使い捨ての試供品でもおもちゃでもない」
出所不明の情報に振り回されている場合ではないのだ。