Touch Diamondを使っていた私がiPhoneに切り替えた理由

2009-10-17 17:47 | 雑記 | § 1

モバイル遍歴

私はパソコンを自作することが好きだ。パソコンを組み立てるのは楽しい。パーツを買ってきて改良を加え、自分好みに育てていくことはかなり楽しい。一方で自作には手間がかかる。メンテの時間をとる必要があるし、その時間が取れなくて半分壊れたままのマシンを使い続けたこともある。それもひっくるめてパソコンを触り続けることはすべて楽しい。私にとってパソコンは「用を済ますためのツール」であるばかりでなく「趣味の盆栽」でもあるのだ。

しかし時間に追われ、メンテの時間が取れず、目の前の仕事をこなすことばかりが優先されるようになれば自作を諦めなくてはならないこともある。つまりパソコンメーカーの出番だ。DELLなら1日で完成品が届く。DELLなら何も考えなくてもサポートが受けられる。DELLなら自分で組み立てるより安い。DELLなら自宅パーティに呼んだ女の子たちが顔をしかめることもない。

Touch DiamondからiPhoneへの乗り換えは、自作パソコンを諦めてDELLを買うことに似ている。

日々のやりたいことをやるためのもっとも合理的な選択がiPhoneだった

Touch Diamondの日本発売から約1年、私はずっとこの愛すべきスマートフォンを使ってきた。主な用途は3つ。まずは音楽プレーヤとして、次にWebブラウジング端末として、そしてメールを読む端末として。そして、緊急用途として自宅鯖の遠隔操作やIRCにも使っていた。それだけなら十分用が足りる。たまにノイズが入るけど音質はクリアだし、WebブラウズもPCと同じものが見られるし、メールもきちんと読める。私の行動範囲なら通信環境にもあまり困らない。月額料金もそれほど高くない。だから、あえて別のものに乗り換える理由などなかった。そればかりか、使い続ければ使い続けるほどノウハウが蓄積されて自分好みに最適化されているので、今さらそれを捨てるなど考えられなかった。

しかし2ヶ月前、私はそのモバイル環境をiPhoneに切り替えた。それまでは、私があまりにもTouch Diamondを愛していたために仲間内では私だけがiPhoneを持っていない状態で、しかもことあるごとにそれを揶揄されるので「iPhoneなんか買うもんか」と半ば意地のように拒否していた。

私がiPhoneを買うことを決意した理由はたった一つ「合理的」ということにある。

ウェブを見るならTouch DiamondでもiPhoneでもできる。音楽を聴くこともメールを読むことも同じようにTouch DiamondでもiPhoneでもできる。この点ではどちらも私の求める条件を満たす。しかし、iPhoneの大きなアドバンテージは「使い方が完成されていること」にある。iPhoneはどのWM端末よりもスペックは劣っているし、できないこともたくさんあるが、「できる」ことになっているものはストレスを感じることなく、最短距離のアクションで「できる」のだ。

Touch Diamondを使い続けることは合理的ではない。だがそれがよかった。…老け込むまでは

Touch Diamond(をはじめとしたWM端末)は使い方が完成されていない。ウェブを見るにも、メールを読むにも、音楽を聴くにも、そのほか新しい使い方をひとつするにしてもネットで調べて最適な方法を探る必要がある。方法がなければOSをハックしたり、他のスマートフォン用のアプリをバイナリパッチしたりして使うことさえある。そうまでして「できない」ことを「できる」ようにする。そして、そこにパソコン自作と同じ「喜び」がある。

これがモバイル端末の使い方として「合理的か?」と聞かれれば全然そうじゃない。でも、少なくとも楽しさはある。ものすごくニッチだけれど、私はその楽しさでモバイル端末を今まで使ってきた。Palm m100を。EM・ONEを。EMONSTERを。そして、Touch Diamondを。

しかしいつの間にか、目的ではなく手段に手間と暇をかけることに嫌気がさしてきた。たしかに、「できない」はずのことが「できる」。でもつねに余計な操作を強いられる。遅い携帯電話より動作は速い。でも操作性が悪くて結局動かすのに時間が掛かる。そういった一つ一つでストレスを感じるのがイヤになってきた。若かった時期はDIYの楽しさがあったが、最近は老けて面倒くさくなってきたし、時間もなくなってきた。

つまり、合理的な選択をせざるを得なくなったのだ。盆栽をいじる楽しみを捨て、DELLを買うという選択を。

iPhoneとTouch Diamondは求めるものが違う

私はiPhoneに愛着が沸かない。iPhoneは盆栽のようないじって育てる対象ではないからだ。言うなればTouch Diamondはバカ息子であり、ドジっ子メイドであり、ドラえもんだった。一方のiPhoneは有能な部下であり、経験豊富な執事であり、ただの四次元ポケットだ。もしTouch Diamondが壊れたら(壊れたことなど一度もないが)私の心にはぽっかり穴が開いて嘆き苦しむだろうし、一方でiPhoneが壊れたら(ついこないだ体験したばかりだ)私は修理代金の心配しかしないだろう。

良くも悪くもiPhoneをもつことは「合理的」だ。用を済ますためのツールとして完成されている。それは素晴らしいことだし、悪く言えばそれだけの存在でしかない。私はiPhoneをもっていることを他人に自慢する気持ちも起きないし、他人に勧める気持ちも起きない。ただ自分が便利だから淡々と使い続ける。

というわけで結論。iPhoneとTouch Diamondは求めるものが違う。どちらが良いともどちらが悪いとも思わない。以上。

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