ファンタジー世界の経済学入門――狼と香辛料

2008年6月30日

これは久々に来た!!!(毎度言ってますが) ただいま2巻まで読了。
主人公は旅の商人。町から町へと品物を運ぶ行商のひと。そして一緒に旅をしているのは狼の少女。何百年と土地の守り神をつとめ、故郷へと帰ろうとしている賢狼(たまに変身)。ストーリーのメインは旅道中での取引と、そこから始まるトラブルの話。見所は経済ネタと心理戦が7割、ケモノ耳萌えが3割
この物語が面白いのは、何と言っても中世風ファンタジー世界の経済構造についてとことん具体的に記述されているところだ。第1巻ではマネーサプライについての投機話から、第2巻ではデリバティブ取引の失敗から話が始まる。商品を手に町から町へと渡り歩く都合上、しょっぱなから為替の解説が入る。続いてマネーの需給、リスクヘッジ、コスト構造、関税対策、価格交渉、教会ビジネス、組合組織、レバレッジ効果、戦争特需、破産などなど経済ネタをふんだんに織り交ぜながらストーリーが進行する。
特に仕入れた商品を納入するときの価格交渉の駆け引きが実に面白い。テクニックの飛び交う心理戦で面白いように値段が変わり、立場の強弱が釣り合うところで決着が付く。いや、そんなことは現実の対面取引では当たり前の話なんだろうけれども、それがライトノベルのファンタジー世界で展開されてメインのストーリーに絡んでいくというのが斬新で興味深い。まさにアイデアの勝利。新ジャンル「ファンタジー経済小説」というラベルを貼り付けてもいいくらいだ。
「萌」要素もしっかり。二人の関係はある時は商売のパートナー、ある時は債権者と債務者、またある時は恋仲っぽくなったりところころ変わり、そのたびの二人の言葉の駆け引きも価格交渉と同じくらい面白い。会話の主導権を握るための言葉の応酬はまるでポーカーの勝負でも見ているかのようで、互いに手札を握って掛け金を積み上げながらカードを切っているという表現がもっともよく当てはまるだろう。そして、それは価格交渉で立場の強弱の探り合いをしているのと同じ構図だということに気がつく。商人は何気ない会話さえ商売として楽しんでいるかのようだ。互いの信頼関係の上で交わされる小気味よいやり取りは何度読み返してもニヤニヤしてしまう。
ストーリーは全体的によく練り込まれており、たくさんの経済ネタを入れつつすべて伏線として回収している。そしてケモノ耳。そしてしっぽ。そして桃の蜂蜜漬けと葡萄酒と羊の干し肉と大量のりんご。そして忘れてはいけないのが香辛料。もちろん本物の狼に変身するというファンタジー要素も忘れていない。経済をメインに据え、ファンタジーと冒険がほどよくバランスされた希有な一冊だ。

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