[書評]ウォール街のランダム・ウォーカー

2016年1月30日

個人投資家として株式投資の入口に立つ人へ向けられた本。
結論を先に言うと「個別株を買うより、アクティブファンドを買うより、インデックスファンドを買った方がパフォーマンスが良い」。ただし、そこには膨大な注釈が付いていて、それをまとめあげたのがこの本そのものと言っていい。
各章は株式の価値判断をするための二大流派、ファンダメンタル価値学派(公開情報から割安株を探す)と砂上の楼閣学派(市場参加者の多数派がどう動くかを予想する)の解説に始まり、市場が効率的とは言えない実証としての過去のバブルと恐慌の歴史(チューリップバブル、南海泡沫事件、世界恐慌など)を経て、テクニカル分析とファンダメンタル分析の解説、その他の近年登場したテクニックなどの解説などが続く。株式投資を始めるに当たっての全体地図として頭に置いておくと、今後の勉強がしやすくなると思われる。
そこから導かれる結論は「インデックスファンドこそ最強の投資法」という内容だ。最大で過去百数十年のデータをあげて、長期的に、どのようなタイミングで始めても、過去に存在したアクティブファンドはインデックス指標(S&P500等)のパフォーマンスを超え続けることはできなかった。超えたとしてもごく短期間か、良いタイミングで始めて良いタイミングで引き上げた人に限られるか、最終的にはボロボロの結果に終わるかになってしまった。去年最高のパフォーマンスを上げたファンドだからといって今年も同じ結果になるとは限らない(過去の実績は未来のパフォーマンスを担保しない)し、そうしたごく一部の優秀ファンドを事前に知ることはできない。結果的に、確実な成果を上げ続けるには全株式にあまねく広く投資するインデックスファンドを選択するしかない。
ナシーム・ニコラス・タレブの言葉を借りるなら「優秀なファンドマネジャーなんていない。あれはまぐれだ」というところだろう。十分に効率的になっている市場で、大多数を出し抜いて勝ち続けることは相当に難しく、初めから諦めて、少なくとも損はしないインデックスファンドにした方がマシだということだ。
とは言うものの、ウォール街や兜町では(リスクを取って)一大財産を築き上げる人がいる。何より著者はアナリストとして実務をし、経済学者としても活動してきた一方で、一個人投資家として成功を収めてきたと明かしている。それはこの本に書いたことの実践だとは明言していない(何よりこの本が初めて世に出た1973年、インデックスファンドは存在しなかった)。そうした成功者の存在を横目に見つつも、インデックスファンドに任せるか、それともアクティブファンドやら自分の才覚での個別株投資に舵を切るのか、それは読者の考え方(リスク選好度など)にかかってくるだろう。
この本を“使う”ために最も重要な部分は第13章「投資家のライフサイクルに応じた投資戦略」の解説だ。著者自身も「この章だけでも、高い料金を払ってファイナンシャル・アドバイザーを雇うよりも価値があると自負している ((第一〇版へのまえがき p4))」と言っている。インデックスファンドが長期的な資産形成に有効であることが分かった上で、個人投資家はそれぞれのライフステージに合わせて資産のバランスを変更する必要がある。それを年齢ごと、収入の状況ごとに例をあげて解説している。20代半ばであれば多少の損が出ても収入でカバーできるので株式投資を多めに、引退世代なら安全な債券を多めに、キャッシュも多めに、といった具合だ。株式投資をするならインデックスファンドを中心にすることを推奨しているが、自分で個別株に投資するパターンも触れられている。また、定期的なリバランスがもたらす投資効果についても解説されている。
一つ注意しておきたいのは、この本はすべて米国内の投資家を念頭にしたもので、税制の違いや日本の市場が米国株式市場ほどに効率的ではないことに注意する必要がある。一応、訳者あとがきでその点は触れられているが、読むときにははじめに確認した方が良いと思われる。

[書評]佐々木敏の栄養データはこう読む!疫学研究から読み解くぶれない食べ方

2016年1月25日

注意深く読めば10年、20年と使える栄養学データの読み取り方解説本。
ざっくり言えば「ブルーベリーは目を良くする」「糖質制限で楽に減量できる」といった世間にあふれる様々な情報の中から、確からしい情報とそうでない情報をどのように切り分けるべきかを解説した本。
著者は人間栄養学・栄養疫学の専門家で、科学的根拠に基づいた栄養学(EBN:Evidence-based nutrition)の流れに沿って大小さまざまなテーマを取り上げている。

  • コレステロールを摂取しなければ健康か(実はそうではない)
  • 甘い飲み物はなぜ健康に良くないのか(実は分からない)
  • 糖質制限で健康になれるか(実はそうではない)
  • そもそも研究論文がどれくらい信用できるのか(あまり信用できない)

などなど。

栄養疫学とは

食物のとり方・栄養のとり方を疫学的に分析するという栄養疫学。その成果のうち特に分かりやすい例がある。
1950年代から60年代にかけての話だが、フィンランドなどの7ヵ国で心筋梗塞に関する大規模な調査が行われた。世界一心筋梗塞の多い国だったフィンランドとその他の国々とで食事と心筋梗塞の発症状況を調べたのだ。この調査によって得られた結論は「飽和脂肪酸の過剰摂取が血清コレステロールを上昇させ心筋梗塞の原因となる」というもの。ひらたく言えば動物性脂肪の食べ過ぎが心筋梗塞を招くということだった。フィンランドではこの結論を受けて「普通牛乳を低脂肪乳に、バターをマーガリン ((トランス脂肪酸の危険性についても触れられているのでご心配なく))に変える運動」が行われた。その結果、現在ではフィンランドの心筋梗塞死亡率は著しく減少することになった。
フィンランドの人たちは食べる物を変えた。それは国内の畜産業への影響や、食文化に関する保守的な考えを上回ってでも市民の健康が優先だと判断した結果だった。
栄養学の研究にはそれだけの重みがあり、それと同時に、研究結果の読み解き方に十分に注意を払う必要がある。私たちが「○○が身体に良い」「○○が身体に悪い」という言葉を耳にしたとき「はて、私は何を食べれば良いのだろう?」と混乱するだろう。毎日の食事を変えることは大変だ。そこで挙がっている研究結果が、これまで自分が食べてきたものを変えるに値するだけの信頼度を持っているのか。その信頼度を測るためのツール、疑うための考え方をこの本では多数紹介している。タイトルにもある通り「ぶれない食べ方」を実現するための鍵がそこにある。

コンプライアンス、ブラインド

例を挙げていこう。
糖質制限ダイエットに効果があるかどうかを検証した第5章では「コンプライアンス(遵守)」の考え方が出てくる。食事を制限したりする調査では、どうしても指示に従わない(従えない)人が出てくる。制限食群の人が実際に摂取した量を調べていくと、長期間になるに従って(指示が守られなくなって)平均的な摂取量と変わらなくなり、調査する意味が薄れていってしまう。
また、薬の効果調査にも使われる「ブラインド(盲検化)」をしようとすると、薬と違って食材を変える都合上、調査内容が被験者に推測されてしまい、指示を守らなかったり逆に守りすぎたり、この機会にと運動まで始めてしまうかもしれない。栄養学の調査はこのような制限があるため、薬のように簡単にはいかないようだ。
著者はこう結論している。

糖質制限ダイエットの効果を科学的に調べるのはとてもむずかしく、最終的な結論はまだ出ていません。現時点で言えるのは、やせるか否かの本質は、糖質を減らすか否かではなくて、エネルギー摂取量にあるということです。

とてもつまらない結論だが、銀の弾丸など存在しないということである。

利益相反、情報バイアス

第6章では研究論文にスポットを当てて、どのようなバイアスがかかりうるかを説明している。
著者は20の研究を集め、研究費の出所が企業の場合とそうでない場合で、「甘味飲料と体重増加の関係」があるか無いかの結論が変わってくることを示す。研究は公平・中立に行われるところ、研究費の出所(この場合は企業)に有利なように結論が歪められた可能性を疑い、これを「利益相反」として説明している。
また、世間では「効かない」という話よりも「効く」という話の方が興味を持たれやすいことを挙げ、情報バイアスの一つとして説明している。このことからも、エビデンスは単一の論文だけでは十分ではなく、多数の研究の積み重ねによってようやくエビデンスたり得るということが示されている。

行き着く結論はつまらない

この本を読めば読むほど、結論がつまらなくなってくる。
玉ねぎは高血圧に効くかどうか分からない。
糖質制限ダイエットの効果は分からない。
朝食をとらないと太るけどその理由はよく分からない。
で、何を信用すれば良いのかというと、栄養士の言うこと、医者の言うこと、厚生労働省のガイドラインとかの権威の言っていること。これらは10年やそこらで言うことは変わらない。ますますつまらない。
でもそれで良い。耳目を集めるような大発見などそうそう無いのだから、現在の栄養学の基本的部分を注意深く理解し、エビデンスの足りないものは疑っておけば、10年20年といったスパンで見た時に、様々な情報に振り回されている人よりもいくぶんかマシな生活を送れるだろう。
著者は何度も繰り返している。「自分の身体は使い捨ての試供品でもおもちゃでもない」
出所不明の情報に振り回されている場合ではないのだ。