イー・アクセス買収劇で損する人、得する人

2012年10月4日

ソフトバンクがイー・アクセスと株式交換を行って完全子会社化すると発表しました。通信業界における今年最大のニュースになるだろうこの買収劇について、公開されている資料をもとに若干の推測を交えながら一問一答形式でまとめてみました。

内容まとめ

ソフトバンク記者会見映像
ソフトバンク発表資料[PDF]
ソフトバンクのプレスリリース
イー・アクセスのプレスリリース
まず発表資料と質疑応答をまとめると以下。

  • イー・アクセスは株式交換によりソフトバンクの完全子会社になる(来年2月予定)
  • イー・モバイルのブランドは存続
  • 双方のネットワークを相互利用する(基地局ロケーション、バックボーン共用も行う)
  • ソフトバンクのiPhone5でイー・モバイルのLTEが使えるようになる(春頃目処)
  • ソフトバンクのLTE機種(iPhone5)のテザリング開始時期を12月15日に前倒しする
  • 今日から大量通信規制を緩和する(1.2GB/月→1GB/3日)
  • イー・アクセスが取得した700MHz帯を返納する予定はない

これ以外の情報は発表されていません。以下の文章に含まれる上記情報以外の言及はすべて噂話と個人的な推測によるものです。

ソフトバンクは何が狙いなの?

くたばれKDDI」これに尽きます。
イー・アクセスを手中に収めた最大の狙いは周波数帯。これは記者会見で相当時間を割いているとおりです。イー・アクセスは現在1.7GHz帯と700MHz帯(2015年以降)を持っていて、対するソフトバンクグループは900MHz帯、1.5GHz帯、2.1GHz帯を持っています。これらが合わさることで周波数帯が増え、ひらたく言えば「つながんねーよ!」と評判のソフトバンクでiPhone5が多少つながりやすくなります。

ソフトバンク イー・アクセス
3G LTE 3G LTE
700MHz帯 Band28、2015年以降開始予定
900MHz帯 Band8
1.5GHz帯 Band11
1.7GHz帯 Band9(Band3の一部)
2.1GHz帯 Band1

(※ピンクで示した部分がiPhone5対応の周波数帯(ソフトバンクが扱っているiPhone5 GSMモデルA1429のもの))
iPhone5以外(LTE非対応機種と1.7GHz帯の3G非対応機種)はあんまりメリットないんですが、iPhone5にあらずんばソフトバンクユーザにあらずなので仕方ないよね! と孫社長はおっしゃっております。たぶん。
(※周波数帯が増えることについては後述)
あと、周波数帯とセットで420万のユーザが付いてきます。これをソフトバンクモバイルのユーザ数と足して、あと傘下のウィルコムのユーザ数と足すとあーら不思議、業界2位のKDDIを抜いてしまいました。つまりソフトバンクグループは業界2位。やったねたえちゃん! ユーザ数が増えるよ!
もともとソフトバンクモバイルは「シェア低いから俺たち不利だよね!ちょっとはお目こぼししてね!」というわけで総務省様からは第二種指定事業者に指定されず、ドコモやKDDIには公開義務になっている情報を公開しなくて済んだりしたのですが、イケイケドンドンでシェアが拡大していくうちに総務省様から「シェア増えたしもういいだろ。第二種指定事業者になってもらうぜ」と言われてしまいました。指定されることがほぼ確定した以上はいくらシェア獲得しようが変わらないため、晴れて夢の4000万ユーザ獲得に乗り出したのだと思われます。
ちなみにソフトバンクはボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)買収以前、自前で1.7GHz帯を使用した携帯電話網を整備しようと免許を取得していました。結局はボーダフォンを買収できたことでこの話はキャンセルされたのですが、今回の件でソフトバンクは実に7年越しで1.7GHz帯ネットワークを取得し直したわけです。桃栗三年柿八年、じつに7年かけて育った果実を横から収穫されたイー・アクセス涙目です。

イー・アクセスのメリットは?

あまりない。全然ない。まったくない。これっぽっちもない。
前項で説明したとおりソフトバンクの狙いは周波数帯であり、すなわち事業免許とネットワークであるため、それ以外に魅力を見いだしているわけではないようです。イー・アクセスのプレスリリースを見てもこのあたりの説明が乏しすぎて面白いです。どのような理由で買収してもとりあえず「シナジー」とか言っておけば言い訳になると思ったら大間違いですよ。でも、株式交換の条件がイー・アクセスにとって破格のものとなっているので(発表時点の株価の約3.5倍となる条件)、そんなプレスリリースにいちゃもんを付ける株主など皆無でありました。めでたしめでたし。
というわけで唯一のメリットは既存株主の利益。イー・アクセスは創業者=大株主=経営陣なので非常に分かりやすいですね(ソフトバンクもね)。もはや清々しささえ感じます。ついでに企業価値を計算したゴールドマン・サックスも既存株主ということで、もはや茶番というかお約束ギャグの域ですね。

ユーザのメリットは?

ソフトバンクのiPhone5ユーザにはメリットがあります。イー・モバイルのLTEが使えるようになるので従来よりつながりやすくなります。
本来つながりやすさはエリアの広さとネットワークの混雑度合いに依存するのですが、イー・モバイルLTEの方がソフトバンクLTEよりエリアが広い(2012年度末予定でイー・モバイル99%、ソフトバンク91%)ですし、イー・モバイルの方が混雑状況もずいぶんマシ(帯域制限の条件の緩さを見れば一目瞭然ですね)なので、従来よりは改善を実感することがあるかもしれません。また大量通信時の帯域制限も緩和されるようなので、今までのように帯域制限を気にしながらパケット節約することもなくなります。これからはYouTubeでにゃんこ動画とか見放題です。
ソフトバンクの非iPhone5ユーザにはメリットもデメリットもそれほどありませんね。しいて言えばiPhone5の通信がイー・モバイルLTEでオフロードされることで、ソフトバンクLTEと3Gの混雑度合いがビミョーに改善されるくらいです。それがどれくらい効果があるのかさっぱり分かりませんけど。また、今後ソフトバンクがiPhone以外でLTE対応スマートフォンを発売する際は1.7GHz帯が使えるようになって、ややつながりやすくなっているかもしれません。ソフトバンク3Gにしか対応していない携帯電話を握りしめている人は残念。あなたには何もありません。たぶん。
イー・モバイルのユーザはネットワークが相互利用されることで1.7GHz帯以外の電波を掴めるようになりそうです。どこまで相互利用するつもりかよく分かりませんけども。
ネットワークで相互利用できたとしても機器が対応していなければ意味ないんですが、そのあたりはあまり心配いらないかと思います。イー・モバイルの機種ラインナップを見るとよく分かりますけど、よく言えばグローバルモデルばかり、悪くいえば端末調達能力が低くて出来合いのものを1.7GHz対応に改造して利用するしかない、という状況。なので出来合いのものだけあって世界標準の周波数帯への対応はばっちりです。もともとSIMフリー携帯を推進していた会社なので、最近発売されたスマートフォンはソフトバンクやドコモのSIMを差してもそのまま使えるという状況になっています。
例えば私がWiFiルータ代わりに使っているS51SE(Sony Ericsson Xperia mini)の場合、前述の周波数帯対応表に照らし合わせると以下のようになります。

ソフトバンク イー・アクセス
3G LTE 3G LTE
700MHz帯 Band28、2015年以降開始予定
900MHz帯 Band8
1.5GHz帯 Band11
1.7GHz帯 Band9(Band3の一部)
2.1GHz帯 Band1

(※ピンクで示した部分がXperia mini ST15i対応の周波数帯
なのでこれがもしSIM差し替え不要になって、イー・モバイルの契約のまま1.7GHz帯と2.1GHz帯、900MHz帯を自由にハンドオーバできるようになれば今までよりつながりやすくなる可能性があります。人口カバー率で比較するとソフトバンクが99%超、イー・モバイルが93%(2012年6月現在)ですので従来よりエリアが広がるメリットがあります。ただしソフトバンクのネットワークはコア部分も無線部分も基本的に混雑しているので、つながったとしてもどの程度快適かは分かりません。

誰が損をするの?

Apple様のiPhone5様を使うソフトバンク様のユーザ様の利便性のため、このたび以下の方々が生贄となります。南無。
ソフトバンクの既存株主
株式交換の条件がイー・アクセス側に有利ということで、わざわざ新株発行して割高なイー・アクセス株を掴んだことになるので損になります。これを裏付けるようにソフトバンクの株価は若干下がり(後で持ち直しました)、イー・アクセスの株価はストップ高です。
利害関係ありまくりのゴールドマン・サックス様の助言によりソフトバンクは無用な高値掴みをしたのではと市況実況界隈ではもっぱらの噂です。
イー・モバイルの既存ユーザ
前述の通りiPhone5の通信がオフロードされるため従来より混雑します。どのくらいの比率かさっぱり分かりませんが、個人的には全体に対する割合は微々たるものではないかと思います。今後イー・モバイルのサービス内容に変更があるかもしれませんが、現時点では事業そのものはとりあえず存続するので何かが変わるというわけではないようです。可能性としては、現在は低めになっているアクセスチャージがソフトバンク並みに高くなったり、発売する機種にSIMロックがかかるようになったり、ソフトバンクと競合する会社との協業条件が改定されたりサービス終了することがあるかもしれません。特にNTTグループ(EMOBILE光とかOCNモバイルとか)あたり。
イー・アクセスの他の事業、つまりADSLサービスとプロバイダ(AOL)も現時点で変更ありません。ただし発表時にこれらの事業については一切触れられておらず、ソフトバンクからはそもそも事業価値があるとみなされていない可能性があります。AOLとか大変ですよ。元々ドコモ傘下だったのにイー・アクセス傘下になって今度はソフトバンク傘下。何が何だか分かりません。
競合他社
KDDIにとっては、ソフトバンクのiPhone5の魅力が増すためこれまでより多少iPhone5が売りにくくなる可能性があります。ただLTEの整備状況ではauはイー・モバイルもソフトバンクも圧倒しており、3Gのエリア展開も断然auが広いため快適性ではauがしばらく優位のまま変わらないと思われます。ただしソフトバンクは周波数帯が増えたことで基地局整備計画が見直される可能性があり、長期的にみてポテンシャルはあります。
楽天
なぜここで楽天が出てくるのか疑問に思うかも知れませんが、なぜか割を食ったのが楽天です。既報の通りイー・アクセスは楽天と合弁でMVNO会社を設立しました。まあそれはいいとして、ソフトバンク傘下になってどうすんだろうって当たり前の疑問もこのさい脇に置いておきましょう。
楽天イーモバイルの設立が発表されたのは9月19日ですが、同時にソフトバンクは緊急記者会見を開いてテザリング解禁を発表し見事に話題を持っていかれました。また10月1日はサービス開始日だったのですが、こちらもまたソフトバンクの緊急記者会見(今回の完全子会社化発表)が開かれ話題を持っていかれました。Twitterなんか見るとどちらも完全に注目度を食われていましたね。楽天のひと涙目。
総務省
これまで700MHz/900MHz帯の割り当てを公平に行うよう進めてきたところが、割り当てたうちの2枠(1枠はソフトバンクの900MHz、1枠はイー・アクセスの700MHz)がどちらもソフトバンクグループとなったこととなります。そのため公平性が損なわれた点では全体の不利益と言えるかも知れません。これについてはあまり目に見える損害ではないのですが一応挙げておきましょう。
そもそも「新規事業者の参入を促す」と言っていたのが結果的に大手3社にすべて統合されてしまいましたね。せっかく非難囂々の地デジ移行を完了させて電波を地上げしたのに全部大手3社に持っていかれてしまいました。総務省の人たちどうするんでしょうね。新たに参入させようにももはや割り当てる電波なんてありませんし。

周波数帯が増えるとつながりやすくなるの?

ひらたく言えば帯域が広いor多いとつながやすさでは有利になります。ただ通信する機器の対応状況にも左右されるので、それを加味して周波数帯にはおいしい周波数帯とそうでない周波数帯があります。「周波数がより低くて(低いと電波がよく飛ぶ)、大量のデータ通信ができて(あまり低すぎると通信効率が下がる)、世界中で同じように使われている(共通設計にできると機器の調達がしやすい)」というのが理想の周波数帯というもので、900MHz帯や2.1GHz帯なんかがこれに該当します。
この基準で言うとイー・アクセスの割り当てられている1.7GHz帯はわりとおいしくない帯域です。世界では少数派の帯域で、しかもドコモやauが使っている800MHz帯ほど遠くへ飛びません。1.7GHz帯はドコモにも割り当てられているんですけど、こちらは東名阪に限って、どうしてもつながりにくかったり容量逼迫していたら仕方なく補完的に使うよって感じで運用しています。そのくらいのゴミバンド。(いや、たくさん帯域持ってるドコモではゴミってだけで、イー・アクセスにとっては命の帯域ですよ)
で、そのゴミバンドのはずの1.7GHz帯をなぜソフトバンクが欲しがったのかというと、LTEでは世界標準になる可能性が高いからなんですね。これは世界共通規格であることを重視するiPhone5でわざわざ対応しているところをみると分かります。具体的に言うと欧州(ドイツや英国)ではよく似た帯域であるBand3で(Band3⊃Band9)LTEサービスが続々と開始されていて、このままの流れだと日本の1.7GHz帯はLTE対応機種の調達が容易になっておいしい帯域になりそうなんです。
ただこれはLTE限定の話です。イー・モバイルがLTEオンリーでやっていくなら今言ったとおりウハウハのプラチナバンドなんですけど、実際にはこれまで維持してきた3G回線のために1.7GHz帯を分割して、3GとLTEを併存させ続けないといけません。3Gをやめればいいのかもしれませんが、現状のLTEだとデータ通信しかできないので「音声通話サービスやめます!」って言ってUQ WiMAXみたいにデータ通信専売にならない限りはやめられません。つまり電話ができない携帯電話会社。電話ができないスマートフォンを何と呼べばいいのか分かりませんが、そんなことまずできないので結局ガラパゴスな3Gは残り続けることになります。そしてガラパゴス3Gがある以上、3G/LTE両対応の端末調達コストも下がりません。
さて、このような痛し痒しの1.7GHz帯。使っているイー・アクセスはせっかく世界標準のLTEバンドを持っていながら世界標準の恩恵に与れないという意味不明な状態になります。ソフトバンク傘下に入ることでこうした状況は長期的には改善するかも知れません。例えば3Gはソフトバンクに任せて自らはLTE専業になるとか。これは複数の周波数帯を持っている巨大キャリアだからできることです。そういう意味ではメリットがあります。

iPhoneがこの買収劇を動かしたの?

iPhone5がLTEに対応したことでソフトバンクがLTEを展開する必要に迫られ、テザリングを解禁する必要に迫られ、結果として今回の件につながったと言えますね。そういう意味ではイー・アクセスはiPhone5に振り回された可哀想な子かもしれません。
ただ元々ソフトバンクのエリア展開とネットワーク混雑は破綻するのが時間の問題でしたし、iPhone5も数あるスマートフォンの一つとして時代の流れに沿ってLTE対応したに過ぎないので、遅かれ速かれ何かのきっかけでこうなっていたと思われます。
記者会見を見ているとiPhoneという商品に依存しまくりのソフトバンクという構造がよく分かり、その虎の子のiPhoneを併売するKDDIに対して敵愾心を強く持っていることを感じました(発表資料見てもしつこいほどauと比較しています)。iPhoneべったりというリスクの高い状態がいつまで続くのか知りませんけども、3年後くらいにはiPhoneもとっくに失速して、ソフトバンクにとってはウィルコムもイー・アクセスもいらない子になってアジア系資本に売り出されたりするんじゃないかなと妄想しています。笑えませんね。

ドコモには関係あるの?

ドコモは空気です。

参考

Softbankとイー・モバイルが経営統合、何が変わる
ソフトバンク大逆転!? イーモバイル買収で変わること、変わらないこと

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