複眼の映像―私と黒澤明
映画「七人の侍」が好きすぎるあまり購入。黒澤明と共同脚本を務めた橋本忍による回顧録。
七人の侍は「日本剣豪列伝」と「侍の一日」というお蔵入りになった二つの作品を土台として書かれた希有なものだった。何でもない侍が何でもない仕事をし、仕事の失敗のために最後に切腹することになる一日を描く「侍の一日」は、シナリオを書く以前の調査段階で考証資料が不十分ということで取りやめになった。続いて宮本武蔵や塚原卜伝の話を集めたオムニバス企画「日本剣豪列伝」はクライマックスシーンの連続で映画としての起承転結に無理があるためシナリオ段階で消えた。剣豪列伝に出てきた剣豪たちの人物設定を流用し、「かつて戦国時代には百姓たちが侍を雇うことがあった」という歴史的な事実をヒントにして書き上げたのが七人の侍のシナリオだった。剣豪列伝の人物設定が活かされたという部分は「細かい部分までとことん作り込む」という黒澤作品にとってプラスに働いた。著者は他の黒澤作品での成功例・失敗例を多数挙げて何度も何度も主張しているが、人物設定が不十分だと脚本が浮いてしまい良い映画になることはないという。つまり実在の人物を元に調査した裏付けがあり、脚本家の頭の中で人物設定が出来上がっていたからこそ、七人の侍たちはそれぞれのキャラ付けに沿っていきいきと動くことができたのだ。
脚本を書く上での勘所は他にも多数挙げられている。ファーストシーンがイメージできればそれを元に全体のシナリオが書ける。起承転結は絶対に崩さない。シナリオより設定、設定よりテーマが重要。などなど。それらのノウハウは2~3時間のドラマを見る人たちの目を惹きつけ、つかみ、離さないために作り上げられたものだ。何気なく見ている映画がシナリオの技巧に注目してより楽しめるようになった気がする。
据次タカシの憂鬱
「もしハーレムマンガの世界で主人公が異常にネガティブだったら」な四コママンガ。引きこもりでニートだった据次タカシが母ちゃんに「働きなさい!」とボコられて強制的にファミレスのアルバイトに応募させられるところから話が始まる。主人公以外働いているのが全員女性で全員可愛いというところは定石の通りで、毎回勘違いが勘違いを呼んでトラブルに発展というのも定石の通り。しかし主人公があまりにもネガティブなため、勘違い展開の行き着く先が恋愛チックな話にならない(もちろんそういう要素もあるけど)。その代わりに毎回「据次タカシが社会的に認められていく」という成長ストーリーに繋がっている。(主人公は全然成長なんか望んでないんだけど)
例えば外国人のお客さんにクレームを付けられて怯まず対応するタカシに皆は驚くが、実はオンラインゲーム内で外国人ユーザーにカツアゲされるのに慣れてただけとか、旅行先でおじさんたちと中二病的な話で意気投合したが、実はおじさんたちは勤め先のファミレスのスーパーバイザーだったとかそんな話の連続。なんだか端から見れば“運良く”スーパーマンに見えるんだけど本人だけはどこまでもネガティブで、周囲の期待がどんどん高まっていく中で本人だけはそのチャンスを全力で拒否して逃げ回るあたり、よく訓練されたシンジ君だなとしみじみ思うわけです。
ちなみに、タイトルがツッコみどころなのは周知の事実なのでそっとしておいてあげるように。
限界集落温泉
「オールナイトライブ」「銭」で知られる漫画家、鈴木みその最新作。まさにコミックビームらしい、王道を思いっきり外れたテーマ設定や人物設定なのにトータルすると面白いという不思議な世界。
ボロボロで解体寸前の辺鄙な温泉に謎の男がやってきて、温泉を中心に(結果的に)町おこしを始めるという突飛なストーリー。その要素はいかにも現代的でサブカル的。ネットアイドル、ツイッター、ネットオークション、ストリーミング生放送、ブログなどなどを駆使して、謎の男は危ない橋をいくつもいくつも渡りながら企画を成功させてゆく。
そもそも営業してないボロ宿で、立地は山の奥の奥の人里離れた山の中。食べ物ない。飲み物ない。食品営業許可もない。コンビニない。タクシーない。クルマが通れる道がない。電波がない。遊び場ない。借金ばかりで金がない。そんな中でどうやって人を呼ぶのか。何に価値を見いだすのか。どうやって客の心を惹きつけるのか。そんなミッションインポッシブルと、謎の男が薄氷を踏みながら素早い計算とアイデアで解決していく様子がドキドキさせてくれる。町おこしの、商売の、それより、人の能力を集めて活かすための些細なヒントが散りばめられている。
ビリオネアガール
総資産160億。毎日デイトレードで稼ぐ18歳の女の子。その設定だけでもうお腹いっぱいだよね。だがそれがいい。
私の推定生涯年収は3億足らず。ちょっとぐらい夢を見たっていいじゃないか。