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	<title>YAGITCHE &#187; 随筆</title>
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	<description>yagitchの文章実験場</description>
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		<title>生徒会の権力はなぜ強いのか</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Aug 2009 13:08:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yagitch</dc:creator>
				<category><![CDATA[随筆]]></category>

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		<description><![CDATA[「どうしてそんなに・・・人間以外の存在にこだわるんだ？」
「そっちの方が、おもしろいじゃないの！」
（涼宮ハルヒの憂鬱より）

マンガやアニメに出てくる生徒会の権力はたいてい強い。それは疑問を挟む余地もなく「その方が面白 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote><p>「どうしてそんなに・・・人間以外の存在にこだわるんだ？」<br />
「<strong>そっちの方が、おもしろいじゃないの！</strong>」</p>
<p style="text-align:right;">（涼宮ハルヒの憂鬱より）</p>
</blockquote>
<p>マンガやアニメに出てくる生徒会の権力はたいてい強い。それは疑問を挟む余地もなく「その方が面白いから」設定されたファンタジー世界の「お約束」である。校長がその立場に見合わないぐらいに寛容で温厚なのも「お約束」である。それと対比して教頭が厳格で怒りっぽいのも、「お約束」である。「学園のアイドル」とかいう存在がいて、ファンクラブが熱烈に活動しているのも、「お約束」である。学期の変わり目でもないのに唐突に転校生がやって来るのも「お約束」である。購買のパン売り場がありえないくらい混んでいるのも「お約束」である。校舎の屋上が立ち入り禁止になっていないのも「お約束」である。</p>
<p>すべては「お約束」である。</p>
<p>…と言い切ってしまうのは簡単なのだが、どうしてそっちの方が面白いのか冷静に考えてみることにする。まず、学園モノ（アニメとかマンガとかゲームとかでそういうシチュエーションがあるものの総称）に登場するエピソードのバリエーションが限られているところに発端がある。そもそも学園モノというのは読者やプレイヤーのノスタルジーを呼び起こさせて高校生活や中学生活を追体験させるファンタジーと言えるので、読者やプレイヤーが実体験として経験した（or 経験しないまでも想像可能な範囲の）要素でないと物語のエッセンスにすることができない。学園祭、スポーツ大会、夏休み、試験、告白イベント、七不思議の噂、甲子園にほど遠い野球部、学校に犬が乱入する、クラスメートに大金持ちがいる…などなど。というわけで、生徒会もその一つに上がってくる。</p>
<p>次に、その生徒会がなぜ権力を持つことになるのか。簡単に言うと、話を動かしやすいからだ。たとえば「学園のアイドル」というお約束があるが、現実には男子生徒の何割かが一人の女子生徒に心奪われるようなことなど起こりえない。それでもこのお約束があるのは、そのキャラクターに全体を動かせるような力を持たせたいからだ。現実だと、学校というコミュニティの中で一人一人の存在感はほぼ変わらない。たとえば生徒Aの存在感を1とすると、生徒Bは1.1、生徒Cは0.9、という具合だ。しかし、ファンタジー世界では存在感に格差を付けなければ特定のキャラクターに焦点を当てることができない。生徒Aが1に対して、生徒Bを500くらいにしないといけない。そのため、「その他大勢」が「誰か一人」に注目している必要があるのだ。「学園のアイドル」はそうして作られる。そして、生徒会も同じことだ。権力を持っていることで、「その他大勢」は注目する。「その他大勢」を好き勝手に動員させることもできるし、学内イベントを都合のいいように書き換えることだってできる。</p>
<p>ちょっと話はそれるが、実際のところ中学や高校の生徒会選挙なんてただの人気投票でしかない。<br />
…と書くと、まるで人気投票で選ぶのが悪いことのように思えるが、実際はそうではない。生徒会選挙は大いに人気投票でやるべきだと思う。つまり、生徒会選挙は公約ではなくて人柄で選ぶべきだと思う。公約を山ほど掲げて選ばれた生徒会長がいたとしても、実現できなければ意味がない。どうせ生徒会選挙レベルの公約など実現しないのだから。人気投票で選ばれた生徒会長はとりあえず大多数の支持を受けているので、ある程度の範囲なら「あいつが言うならしょうがないか」で済ませることができる。だいたいの場合、生徒会は教師がうまく校内をまとめるための手駒にすぎないのだから、人気投票でカリスマ性のある生徒をトップで立てておいて、生徒会長の口からものを言わせた方がうまくいくのだ。教師のためにも、生徒のためにも。</p>
<p>以上より、比較的権力を持っている生徒会≒実行力のある生徒会≒支持される生徒会、ということになるので、ファンタジー世界に登場する生徒会はある意味理想の姿ではないかと思う。まあ、本当に傍若無人な設定の生徒会もあるけれど。やつら…どうやって選ばれたんだ？</p>
<p>もし、主人公が生徒会長で学校を好き勝手やりたい放題、というマンガやゲームがあったら情報求む。新ジャンル「生徒会強権萌え」を作るので。</p>
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		<title>草間弥生を表舞台に出してしまった罪</title>
		<link>http://yagi.tc/archives/2009/07/25/kusama_yayoi/</link>
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		<pubDate>Sat, 25 Jul 2009 02:24:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yagitch</dc:creator>
				<category><![CDATA[随筆]]></category>

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		<description><![CDATA[草間弥生が普通に世間に受け入れられているのを見ておどろいたのだった。
鮮やかなピンクやブルーの水玉模様。それで作品のすべてを覆い尽くしてしまう芸術家、草間弥生はかなりクセのある存在だ。一時インターネットで爆発的に流行した [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>草間弥生が普通に世間に受け入れられているのを見ておどろいたのだった。</p>
<p>鮮やかなピンクやブルーの水玉模様。それで作品のすべてを覆い尽くしてしまう芸術家、草間弥生はかなりクセのある存在だ。一時インターネットで爆発的に流行した「蓮コラ」のような感染力のある作風で見るものすべてを呑みこんでしまう。水玉。水玉。そして水玉。作品だけでなくて、本人も一度見たら忘れられないぐらいのインパクトがある。派手に染めた髪の毛と水玉模様の衣装と、そして何より、岡本太郎のようにこちらを凝視してくる目線。まさに芸術家は芸人であって、彼ら自身も芸術のうちで芸のうちだと分からせてくれるお手本のような存在だ。</p>
<p><img src="http://yagi.tc/image/2009/20090725kusama_yayoi.jpg" alt="Kusama Yayoi" /></p>
<p>そんな草間弥生がデザインした携帯電話が出ると聞いたときはコーヒーを吹き上げてしまった。たとえではなく、リアルの話で。そして実物を見た。想像通りだ。水玉模様だ。まるで悪夢だ。</p>
<p>見れば見るほど気分が悪くなる痛快なデザインでたいへんよろしい。不健康そうなツブツブとイボイボは、指先で携帯電話に触れるのを想像しただけで寒気がしてくる。うん、とても味わい深い。色彩も鮮やかで、発売する携帯電話会社のカラーによく似合っている。こうして他人事として見ると、なかなかに面白い話題として楽しめる。しかし一方で、ひとつの言葉が頭をよぎる。</p>
<p>「誰か止める人はいなかったのか」</p>
<p>草間弥生を、ではなく、携帯電話会社の企画担当者のことだ。大きなお世話だが、私には気になって気になって仕方がない。売れるかといえば、売れないだろう。となると、パフォーマンスの一環だろうか。しかし、この携帯電話によってブランドイメージが上がるかと言うと、とてもそうは思えない。「気持ち悪いデザインの携帯電話を出したふざけた会社」というイメージがついて終わるだろう。株主総会で「いったい何を考えているんだ」と質問が飛ぶだろう。きっと飛ぶに違いない。私が株主だったら言う。</p>
<p>前衛芸術は万人受けするものではない。裏返せば、好きな人だけが好きということだけれど、好きな人でさえも四六時中接していられるようなものではない。前衛芸術は見ているだけで体力を使う。感じたり、触れたりしているだけで体力を搾り取られてしまうものなのだ。万人受けしないということは、それだけ人からエネルギーを吸い取るだけの力を持っているということだ。そんなものを四六時中身につけておくものと組み合わせてしまう。その発想は、すごい。とても私には真似できない。そして、そういう人とはできれば一生関わりたくない。</p>
<p>それはさておき、これだけクセのある作品をメディアに登場させて、さも当たり前のように企業プロモーションに取り込んでしまっているのが不思議で仕方がない。草間弥生って、表舞台に登場させてはいけない人なんじゃないの。だって、テレビでいきなりツブツブが映ったらびっくりするだろう。泣き出す子供もいると思う。たまに発作的に見たくなるぐらい軽度な草間弥生フリークの私でさえ、見る前には心の準備が必要だったりするのだから。</p>
<p>草間弥生が野放しにされているうちは、おちおち携帯カタログや雑誌、テレビも見られやしない。そういって私は、はじめからテレビを見る気がないのにテレビの電源をつけない理由をさがしている。草間弥生に栄光あれ。</p>
<p><a  href="http://iida.jp/products/yayoi-kusama/">http://iida.jp/products/yayoi-kusama/</a><br />
（※心臓の弱い方が一日二回以上見る場合は医師のアドバイスを受けて下さい）</p>
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