2011-11-07 15:58 | 短文 | §
(ポケモン新幹線こと「スマイルエクスプレス」。本文とは無関係)
本日の雑談。
「知り合いに新幹線が好きな人がいてさ、娘の名前も新幹線のものにしてるんだよね」
「『ひかり』とか?」
「そう。長女が『のぞみ』で次女が『ひかり』。なんか狙いすぎだよね」
「三女が生まれたら『こだま』にするのかな?」
「それ名字じゃないか(笑)。はやりの名前ってことで『さくら』とか『みずほ』になると思う」
「なるほど」
「男の子だったら『はやぶさ』とか」
「なんだかヤンキーの息子みたいな名前だな」
「それにしても新幹線ってみんな人の名前みたいだから子供が何人生まれてもネタ切れの心配がなくていいな」
「みんな女の子みたいだよね。『こまち』『つばさ』『やまび子』…」
「『やまび子』はねえよ!『山彦』とかでいいんじゃないの」
「あとは『はやて』か。女の子への手出しが早そうだね」
「二重の意味でな」
「あと新幹線だと『あさひ』『とき』『あさま』『たにがわ』…」
「もはや名字じゃねーか! 子供の名前にそんなの付けられるかよ」
「あとは『ひかりレールスター』」
「どんな変わり者だよ!学校で『山崎ひかりレールスターさん』とか『吉田グランドひかりさん』とか出欠取られるの嫌だろ!」
「ミドルネームみたいな感じで格好良くない?」
「わかった。お前みたいなセンスの奴が子供に『ぴかちゅう』とか名付けるんだな」
「それは無いけど、ぴかちゅうという新幹線が出てきたらさっきの知り合いがきっと…」
「ねーよ」
話は変わりますけど。
某エロゲの登場人物名は新幹線の愛称から取られているんですが、でもどういうわけか主人公名だけ新幹線に関係ない名前だったんですね。ところがその名前が後になって新幹線愛称に採用され、はたして何の因果か働いているのか気になっているところです。
2011-10-05 13:48 | 短文 | §
調べて安くなるならいくらでも調べる、それが携帯乞食。
iPhone4Sが発表になった。10月14日から発売らしい。これが欲しい。私のソフトバンクiPhoneの更新月は9月~11月までだから、auから出るならその間に乗り換えないといけない。それができないならソフトバンクでiPhone4Sで使うことになる。それかソフトバンクで縛り無効化な契約に変えられるなら変えておきたいけど、everybodyキャンペーンとホワイトプラン改定でそれもできなかったはず。そもそもホワイトプラン基本料を払うのが馬鹿らしいので、またどこかからソフトバンクにMNPして10ヶ月間ホワイトプラン基本料無料にしたい。となるとドコモかイーモバイルあたりから回線を持ってきたい。しかし残念ながらMNPできる寝かし回線は現状使い切ってしまって持ち玉が無い。となると無理やりドコモで契約即解約してMNPすることになる。量販店店頭だと安いけど縛りありインセ付きしか売ってないからドコモショップに出向くことになるな。SIMのみ契約ができたはず。いや、それだとベーシックプランになるから最安でも月3780円になって、しかも新規契約事務手数料3150円がかかる。そうか2in1という手がある。私がいま持ってる機種はD705iμだから古いと思うけど…、えーと、2in1にギリギリ対応してた! やった! これなら最安プラン+同一名義オプションで月840円+事務手数料なし。これで契約して即auかソフトバンクにMNPだな。与信情報に傷が付くかもしれんけど他の回線契約はいくつか残してるから大丈夫なはず!根拠は無いけど。
そうすると既存iPhoneが死蔵になるけど、寝かしても月2300円位かかり続けてしまう。いい番号なので一旦イーモバイルにMNPして待避させるか。時代遅れのDual diamondで契約するとMNP2100円+初期費用100円+月580円だから2年間のトータルコスト16120円かー。2年後にソフトバンク入り直したとしても今と同じ条件だったらMNP使っても9800円引きだから割に合わないなー。ドコモの2in1にMNPしたら…そもそもMNPして2in1のBナンバーになんてできるんだろうか。できたとしても月840円での維持ならイーモバイルより高くなる。それならいっそauにMNPしてWindows Phoneで遊ぶか。しかしそうなると4回線を持ち歩くことになるから使用シーン的にありえない。値崩れしててMNP一括で12800円とはいえ出費がバカにならん。どうせWindows Phone買うならメインのドコモで買いたいし、おそらくそのうちドコモから出て機種変更することになるだろう。じゃあ既存のソフトバンク回線はめでたく解約かな。
なんかもろもろ面倒になったんだけど、iPhone 4SのSIMフリー版っていくらになるのかな。1モデルで複数通信規格対応だとソフトバンクでもauでも使えるってことなのかな。たぶん高いんだろうけど。どっちにしろ電話なんて使ってないから簡単に移行できる。ドコモからWindows Phoneさえ出てくれればガラケーを捨て去ってWindows Phone+iPhone+Androidの素敵な3台体制ができるのにな。
参考
Desire HDを格安で入手する方法とお得な料金プランの紹介! – MNPを活用した乞食法
のりかえ割・「ただとも」プログラム | ソフトバンクモバイル
2011-08-13 00:00 | 短文 | §
大阪に引っ越してからもう一週間になります。おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。
大阪こわい
なんというか、まるで外国。ガラの悪い人の遭遇率が異様に高い。見るからに危険そうな人が道を歩いているほか、路上にヤンキーファッションな人がたむろしたり、場所かまわずルンペンがいたり、若いにーちゃんが中学生みたいにはしゃいで取っ組み合いしてたり、おっちゃんが店に怒鳴り込んでたり、某大臣風に言えば「元気があってよろしい」的な異様な雰囲気。私的に言わせてもらうと「冗談じゃない」。引っ越してきた当日に地下鉄のドアを無理やり開ける技を見たときは恐怖した。あと、翌日には外で喧嘩が始まった。どうなってんのここ。治安はそんなに悪くない地域だと思うんだけどなあ。
大阪市営地下鉄で、目の前で扉が閉まったことに腹を立てて扉を殴り蹴り倒し、運転室に怒鳴り込んでようやく開けてもらってるおじさまを目撃してショックを受けた。ここにはよう住まん。
なんか外で喧嘩する声が聞こえるんですけど。この街に住み続ける勇気がありません。
大阪ややこしい
なんなのこの路線図の複雑さは。図が複雑なんじゃなくて、会社が入り組んでるあたりが複雑。東京の東側に住んでたらJRとメトロと都営と東武とTXくらいしか知らなくてよかったけど、大阪なんなの。阪急に阪神、京阪、JR、地下鉄、近鉄、南海…。しかもPiTaPaってそのへんですぐに買えるものじゃないのか。実態はクレジットカードなので作る気が失せた。代わりにプリペイドの磁気カードを使っている。
あと、タクシーの運転手が総じて無愛想。ブランドの付いてるタクシーなのに全員が個人タクシーみたいな感じ。でも適確に要求に応えてくれる。(東京だとこうはいかない)
大阪ぶっそう
都心にある会社に近い場所で探したらわりと人気のエリアに落ち着いた。住んでみて分かったことは女性多すぎ。うちのマンション、住人を10人近く見たけど全員女性。治安の良いところでオートロック付きで探すとこういう物件に行き着くんだろうなあ、という印象。ほかに、夜9時とか11時とかに駅から家に帰る道中、同じ方向に歩いているのが私以外全員若い女性(単身住まいで仕事帰りっぽい)、とかそういうこともちらほら。他に住みやすいとこないんかい。
でも外で喧嘩は起きるんよね。
大阪ガラ空き
つくば⇒東京で片道2時間をかけて通勤していたのはもう過去の話。今では片道20分。東京の通勤事情がどれだけ異常だったかというのが今ではよくわかる。通勤時間1時間はわりと遠い方(東京だと普通)。京都市内から通勤してる同僚が「えっ、なんでわざわざそんな遠いところ住んでんの?」と話題になっていたのが印象深かった。あと、通勤ラッシュの地下鉄に乗ったらガラガラで驚いた。こんなんで採算とれんの。
大阪たこ焼き
うちの近所はたこ焼き屋が多すぎなんだけど、これは観光客目当てのレベルには収まらないほどの数なので、やっぱり大阪はみんなたこ焼き食ってるんだなあと思った。だいたい一つの交差点で3つから4つは一度に見える。都心部のコンビニとか、高松市内の讃岐うどん屋密集ポイントとかと同じような感じ。お好み焼き屋も目立つけど、たこ焼き屋ほどのインパクトはない。でも弁当屋のメニューには必ずお好み焼きがある。
まいどおおきに
「まいど」「おおきに」はわりとよく聞く。香川に住んでたときは自営業やってた父が「まいど」と電話に出るときは取引先からの電話、くらいの感じにとらえていたんだが、見る限り本当に隅々まで商売する人が使っている(全員が使ってるわけではない)。うちに届けに来た佐川のにーちゃんも「まいどおおきに」と言っていた。「おおきに」も子供の頃からずっとじーちゃんばーちゃんの使う言葉だと思っていたが、商店街の個人商店とか飲食店で買い物するとだいたい言われる。
2011-07-22 00:00 | 短文 | §
仕事の関係で大阪に引っ越すことになった。来月。
香川に18年、関東に9年、実に人生の3分の1を濃いめの味付けの文化圏で過ごした計算。うどんではなくそば、お好み焼きではなくもんじゃ焼き、砂糖と醤油ではなく割り下、丸餅ではなく角餅、ぜんざいではなく汁粉、りんご飴ではなく杏飴、ふぐではなくあんこう、60kHzではなく50kHz、長い時間をかけて東方の文化への違和感は少しずつ消えてきたのだった。(それでもやはり故郷のものが一番だけど)。
ここにきて引越が非常に面倒くさい。「蔵書を電子化するんだ!」と意気込んで買ったScanSnapは埃をかぶってるし、どうすんだよこの本の山…。おそらく引越重量の半分は蔵書になるだろう。読まない本を一気に処分しないといけない。
大阪に転勤になったと言うとたいてい「実家に近くなってよかったね」「電力を気にしなくてよくなったね」「放射能の心配がなくてよいね」の3つの反応のどれかが返ってくるけど、別にどれも私にとってインパクトは無い。まあ、実家に帰るための交通費は5分の1くらいになったので盆正月以外にも帰りやすいのは事実。
それよりデメリットとして、飲み友達やらが全員東京にいることと、かれらと一緒に今まで東京都内で開拓した飲食店データベースが無駄になってしまうことが惜しい。まあ、これを言ってしまうと「じゃあお前はこの先東京に骨を埋める気なのか」ということになるけど、そんな気はさらさらないので、いつか来るべき時がきてしまったんだなと思ってさらりと流すしかないのだろう。別にどこか特定の場所に執着する気はない。Amazonの荷物と光回線が届くならどこだっていいのだ。
引き続き大阪でも旨い店を開拓するので、友人知人の皆様は大阪に来た際にご一報くださいませ。
2011-07-21 00:00 | 短文 | §
ちょっとは静かにしておいてもらいたいものである。
静寂の価値 – タイム・コンサルタントの日誌から
http://brevis.exblog.jp/11378036/
私も同じことを考えていて、無駄に町中に音楽を垂れ流し続けるのはやめてほしいと思う。たとえばBGMを流さないなど、静寂が売りのカフェチェーンがあってもいいと思うし、飲食店でもBGMが届かないような席を選べるようにしても良いと思う。嫌煙権が認められた結果分煙が進んだように、嫌音権を認めて隔離スペースを選択できるようにしてほしい。
とは言うものの現状では逃げ場などないので、何とかして自衛するしかない。私は騒音のひどい場所を歩くときはイヤホンを付けている。音楽を聴きたくないときは何も流さないままイヤホンを付けている。カナル型イヤホンなので音楽を流さない場合でも耳栓として機能する。さすがに人混みの中を歩くときは人にぶつかりやすいのではずすよう配慮しているが。
それから、空港を使う際は有料待合室を愛用している。手続きを終えて一休みしたい時に次から次へとアナウンスが流れている中ではろくに落ち着けるわけがない。有料待合室では静かな音楽が流れているか、まったく流れていないので自分のペースでくつろぐことができる。空港以上にターミナル駅なんかもなかなかうるさいものだが、幸いなことに駅は待ち時間が少なくて済むのでこちらはあまり気にしていない。
もっとも嫌なのは商店街だ。高松市の某商店街のようにアーケード全体で音楽を流すのはやめてほしい。本当にやめてほしい。本当に本当にやめてほしい。パチンコ屋のような騒がしい存在はその場所から離れればどうということはないが、校内放送でもないのに同時放送用スピーカーまで用意して聞きたくもないアップテンポの音楽をエンドレスで垂れ流しているのは気が狂っている。いったい誰が得しているの? 誰かこの曲を聴きたいの? たとえば夏祭りが迫っているような時期に祭りの音楽を流したりするのなら話は分かる。でも年中おなじ音楽を聴かせる意味がどこにある? 最近、都内の商店街でも同様のことをやっていて(警察署からの防犯アナウンスのためらしいが、アナウンスの無い合間はずっと音楽を流している)愕然とした。
同じようにやかましくポップスを流しているハンバーガーショップなどもあるが、別にバーガーショップは落ち着くための場所ではなく、やかましくおしゃべりするための場所だから仕方がない。しかしコーヒーショップは落ち着くために入る人もいる。そんなところでポップスなんか流された日にはコーヒーカップを床に叩きつけて帰りたくなる。
家電量販店は音楽を流すのをやめてほしい。値段をアピールするのは良いし、それに拡声器を使っても別にかまわない。でもメロディを狂ったように流すのはやめてほしい。しかも洗脳されそうなチープな音楽をエンドレスで。買わせたいのは分かるがさすがに足が遠のいてしまう。秋葉原の町はもはやこうしたチープ音楽がアイデンティティのようになってしまったが、できれば魚市場的な騒がしさのほうが「電気街」という名前にマッチすると思う。リアルな人間の伴わない、ただの騒音の際限ないコピーは「にぎわい」なんかじゃない。
3月の地震の後、私はTVとラジオをつけっぱなしにしていた。このときに気が付いたことの一つが普段のCMの耳障りさだ。地震後しばらくの間は全国のテレビとラジオからCMが消えた。しばらくしてCMが再開されたが、いずれもクオリティの高いものだけが残った。推測だけど、考え無しにCMを垂れ流すようなスポンサーは自粛の波に揉まれ、配慮あるCMを作ることが出来るスポンサーとそれに応えられるクオリティのものだけが勇気を持ってCMを流すことができたんだと思う。このときばかりは音楽があっても控えめで、このときのテレビ・ラジオの雰囲気がずっと続いて欲しいと思った。
カフェではイヤホンに、酒場は個室に、テレビはミュートに。これが今できるささやかな自衛だ。
2011-07-17 00:00 | 短文 | §
携帯電話を3台持ち歩くようになってから半年ほど経つ。1つめは昔から使っているメインの携帯電話、2つめはiPhone、3つめは会社用のスマートフォン(Android)だ。
カバンを持たずに外出するときはこの3台がポケットの中に押し込められることになる。1つめと2つめは左ポケットに、3つめは右ポケットに。左側優先なのは携帯電話を左手で持つからだ。しかしモバイルSuicaで改札を通るときは1つめの携帯電話を左ポケットから取り出して右手に持ち替えてタッチするという面倒な作業を伴う。片手が塞がっている時などは非常に面倒だ。
携帯電話の使用シーンごとに左右のどちらが適しているかをまとめてみる。ちなみに私は右利き。
右側が適している
- 駅の改札を通る
- 自動販売機で買い物をする (コイン投入口の近くにIC読み取り口がある)
- フィーチャーフォンでメールを打つ (サイドボタンは右手で操作しやすい)
左側が適している
- 通話する (右手でペンを持てるよう)
- レジで買い物をする (コンビニなど多くの場合レジが左側)
- バスの改札を通る (都バスは先払い)
どちら側でもよい/両手を使う
- スマートフォンでメールを打つ
- 写真を撮る
- 音楽を聴く
左右それぞれに適している場面があるので、こちらに統合できればよいというものではなさそうだ。
1台にまとめて首から下げればどちらにも対応できるけれど、ウォークマンみたいに格好よくは見えないだろうなあ。
そもそも数台持ち前提だとポケットの中に全部を入れるというのがなかなか困難で、まともに考えるとさっさと1台に集約しなさいという話になる。それができれば苦労はしない。メイン携帯と会社携帯はほぼ着信専用なので、iPhoneだけポケットに入れて残りはカバンに仕舞っておき、着信をiPhoneに転送すれば幸せになれるのかもしれない。
参考
@nifty:デイリーポータルZ:『ズボンのポケットの中に入れるか』大調査
2011-07-15 00:00 | 短文 | §

アメリカのテクノロジー雑誌「WIRED」の日本版が復活したのでとても嬉しい。
今回の復活前に存在していたWIRED日本版は1994年創刊、1998年休刊。
1998年といえば当時私は15歳のハナタレ高校生で雑誌の存在などまったく知らなかったけど、ウェブ版のHotwired Japanにはかなりお世話になった。2000年から2003年頃にかけてのHotwiredはウェブサーバいじりとか、PHPの初歩の初歩みたいな解説記事が結構充実してて何度も読んだ覚えがある。もちろん本家雑誌の翻訳コンテンツも揃っていて、旧ZDnet Japan (現ITmedia)、CNET Japan、japan.internet.com、Impress Watchなどと並んで一次ソースの仕入れ先として毎日メールマガジン(まだRSSを使った更新チェックは主流では無かった)をチェックしていた。
そのHotwiredが告知も無く突如更新を止め、しばらく廃墟となってからWired Visionとして再出発した。そして今回、Wired visionは雑誌名と同じWIRED.jpに名前を変えてそのコンテンツを引き継いだ。実に二度の方針変更を経て、WIREDは再び雑誌とセットのWIREDになったのだ。
新しめのテクノロジー好きな人にターゲットを据えた雑誌と言えば数年前に休刊してしまった「POPULAR SCIENCE JAPAN (PSJ) 」がある。どうもこのあたりのジャンルは雑誌のセグメントの中でも儲からないというか、不安定なところがあるようだ。一時期私は未来っぽいものを紹介するようなブログを書いていたのだが、雑誌の中ではネタの仕入れ先として決め手になるようなものがPSJ以外にあまり見あたらなかった。(2005年頃まではEngadget JapaneseもGizmodo Japanも無かったのだ)。基本的には膨大にブックマークした技術系ニュースサイトや面白系通販サイトをチェックし、本屋に行って面白そうな雑誌を片っ端からチェックしていた。面白小物系はトレンド誌(DIMEとかGoodsPressとか)、新エネルギーとかエコロジー系アイテムはソトコト、WebサービスはWeb CreatorsやWeb Designing、掘り出し物探しはサイゾーとかpenとかブルータスとか日経キャラクターズ、Mac系雑誌。それでも一雑誌から拾えるのはせいぜい一号一ネタ程度なので、ネタ切れ時は日経産業新聞とか、大学の図書館で面白そうな研究分野なんかを漁っていた。これは余談。
別に新しモノの情報がこの雑誌一つで!みたいなことは思ってないけれど、ライトなテクノロジー系の定期刊行物が出ることでそういったクラスタの人たちがより多く集まってくるようになればなあと期待している。
さて、気になっているのはPSJが復刊するかどうかなんだけど、ネット上のストリームとかブログ記事とか見ている限りはまるっきり言及されている様子が無いので復活は望み薄なのだろう。かつてPSJが落ち目になって月刊から隔月刊に変わったあたり(2005年~2006年)はちょうどホリエモンが時代の寵児となっていた頃で、宇宙開発にからめて隔号に一回くらいはでかでかと取り上げられていた。どんだけ偏ってんだ!と思うけれど、日本国内でこの人以外に面白く宇宙開発のネタになってくれる人はいないんだろうなと思い、ちょっと寂しい気分になる。
ホリエモンは残念ながらこれから2年ほど収監なので、出所して再び宇宙開発に乗り出す頃にはそれを特集するPSJのような雑誌があってほしいし、WIREDもそれまでは続いていてほしいなと思う。
肝心の雑誌の内容について書いてないけど、まあいいや。
2011-07-14 04:23 | 短文 | §
これから、昔と同じように短めの文章を定期的に書いていこうかと思う。
もともと私の文章を書きたい衝動のはけ口となっていたこのサイトだが、定期的に文章を書かなくなってもう5年くらいが経つ。肝心の文章を書きたいという衝動はだいたいTwitterで満たされているので、これはこれでなんとかなってる。(Twitterを始めたのは4年前のことだ)。でもなんだか書きたい放題に断片的なことを書くだけで終わってて、いまいちまとまりのない感じになっているので、そういうものをまとめるような場所も必要かなと思ってはいるのだ。
私にとって、ブログというところは自由なフィールドであると同時に書きづらい場所だ。なぜなら文字数制限がない。そして私は「ちゃんと書けるならまとまりのある文章を書きたい」とも思っている。だからブログで書こうとするととたんにハードルが上がる。書きたいことを積み上げようとしてゴールが遠くなる。書き進めない。ああでもない、こうでもない、そして完成しない。そして私のPCの中(と、Evernoteの中)には書きかけの文章の山がたまっていく。
ところがTwitterはどうしようもなく厳しい文字数制限がある。こうなるとまとまりのある文章など書くどころでは無い。与えられたフィールドの中をどう切り取るか、数少ない文章の中でどう意図通りの伝え方をするかに知恵が絞られる、あるいは、数少ない文章の中でいかにインパクトを与えるかというところが勝負になる。すると満足地点が低くなるので完成までのハードルが低い。適当な書き方でも「ま、いいか」でポストできる。(何しろ、一文の完成度を上げるより、低クオリティでも数多くポストする方が存在を認めてもらえるのだ)。だから、適度に文章を書き、適度に知恵を絞るだけでなんとなくそれっぽい意図が伝えられ、なんとなく文章を書きたい衝動が満たされてしまう。エッセイが書けなくても俳句なら作れる。そんな感じだ。
Twitterは文章を書くハードルが低いけれど、やっぱりどこかで考え方をきちんと構成しながら、まとまりのある文章を書いておかないとなあと思う。俳句は解釈の幅が広いので、適当に作った文章でもなんとなくそれっぽく見えてしまうし、勢いでRTされるし、Togetterにだって載ってしまう。白いキャンバスに適当にカラフルなペンキをぶちまけても芸術と言われれば芸術だし、表現の一つとして認められる。でも、そういうものだけじゃなくて、建築士が家を建てるように、NASAが宇宙船を設計するように、ドリフターズがアドリブを一切入れずに役をこなすように、よく練られた文章というのも道具の一つとして必要だと思う。そういう場所としてブログをもう少し重視していきたい。
手始めに、Twitter日本版の全角140字制限を5倍した700字、あるいは10倍した1400字を基準として定期的に文章を書けるようにしたい。
野口悠紀雄氏によれば、文章の長さを分類すると次の四種類になるらしい。
(1)パラグラフ――150字程度。
(2)通常「短文」といわれるもの――1,500字程度。
(3)本格的な論文などの「長文」――15,000字程度。
(4)「本」――150,000字程度。
(書籍『「超」文章法』より)
(1)のパラグラフの150字程度というのはTwitterの長さ(140字)と同程度だ。そして、SMSの長さ(140字)でもある。150字、1500字を書けるようになれば、そのうち15,000字も難なく書けるようになるんじゃないかと期待している。
かつて私が毎日ウェブ日記(ブログ文化が出てくる前の公開日記のことだ)を書いていた頃、だいたい700字程度になっていた。自分にとっては、たぶんこれから先もこの文章の単位が基準になっていくんだろう。だから、そのサイズか2倍のサイズあたりを目安にしてみようかと思う。
実際、めっきり書かなくなって以降で、何かの弾みで単発で書いたものもだいたいそれくらいだしね。
ともあれ、書きたいことのストックは山ほどあるから、しばらくはノリノリでキーボードを叩いていこう。
(1687字)
2009-08-02 22:08 | 短文 | §
「どうしてそんなに・・・人間以外の存在にこだわるんだ?」
「そっちの方が、おもしろいじゃないの!」
(涼宮ハルヒの憂鬱より)
マンガやアニメに出てくる生徒会の権力はたいてい強い。それは疑問を挟む余地もなく「その方が面白いから」設定されたファンタジー世界の「お約束」である。校長がその立場に見合わないぐらいに寛容で温厚なのも「お約束」である。それと対比して教頭が厳格で怒りっぽいのも、「お約束」である。「学園のアイドル」とかいう存在がいて、ファンクラブが熱烈に活動しているのも、「お約束」である。学期の変わり目でもないのに唐突に転校生がやって来るのも「お約束」である。購買のパン売り場がありえないくらい混んでいるのも「お約束」である。校舎の屋上が立ち入り禁止になっていないのも「お約束」である。
すべては「お約束」である。
…と言い切ってしまうのは簡単なのだが、どうしてそっちの方が面白いのか冷静に考えてみることにする。まず、学園モノ(アニメとかマンガとかゲームとかでそういうシチュエーションがあるものの総称)に登場するエピソードのバリエーションが限られているところに発端がある。そもそも学園モノというのは読者やプレイヤーのノスタルジーを呼び起こさせて高校生活や中学生活を追体験させるファンタジーと言えるので、読者やプレイヤーが実体験として経験した(or 経験しないまでも想像可能な範囲の)要素でないと物語のエッセンスにすることができない。学園祭、スポーツ大会、夏休み、試験、告白イベント、七不思議の噂、甲子園にほど遠い野球部、学校に犬が乱入する、クラスメートに大金持ちがいる…などなど。というわけで、生徒会もその一つに上がってくる。
次に、その生徒会がなぜ権力を持つことになるのか。簡単に言うと、話を動かしやすいからだ。たとえば「学園のアイドル」というお約束があるが、現実には男子生徒の何割かが一人の女子生徒に心奪われるようなことなど起こりえない。それでもこのお約束があるのは、そのキャラクターに全体を動かせるような力を持たせたいからだ。現実だと、学校というコミュニティの中で一人一人の存在感はほぼ変わらない。たとえば生徒Aの存在感を1とすると、生徒Bは1.1、生徒Cは0.9、という具合だ。しかし、ファンタジー世界では存在感に格差を付けなければ特定のキャラクターに焦点を当てることができない。生徒Aが1に対して、生徒Bを500くらいにしないといけない。そのため、「その他大勢」が「誰か一人」に注目している必要があるのだ。「学園のアイドル」はそうして作られる。そして、生徒会も同じことだ。権力を持っていることで、「その他大勢」は注目する。「その他大勢」を好き勝手に動員させることもできるし、学内イベントを都合のいいように書き換えることだってできる。
ちょっと話はそれるが、実際のところ中学や高校の生徒会選挙なんてただの人気投票でしかない。
…と書くと、まるで人気投票で選ぶのが悪いことのように思えるが、実際はそうではない。生徒会選挙は大いに人気投票でやるべきだと思う。つまり、生徒会選挙は公約ではなくて人柄で選ぶべきだと思う。公約を山ほど掲げて選ばれた生徒会長がいたとしても、実現できなければ意味がない。どうせ生徒会選挙レベルの公約など実現しないのだから。人気投票で選ばれた生徒会長はとりあえず大多数の支持を受けているので、ある程度の範囲なら「あいつが言うならしょうがないか」で済ませることができる。だいたいの場合、生徒会は教師がうまく校内をまとめるための手駒にすぎないのだから、人気投票でカリスマ性のある生徒をトップで立てておいて、生徒会長の口からものを言わせた方がうまくいくのだ。教師のためにも、生徒のためにも。
以上より、比較的権力を持っている生徒会≒実行力のある生徒会≒支持される生徒会、ということになるので、ファンタジー世界に登場する生徒会はある意味理想の姿ではないかと思う。まあ、本当に傍若無人な設定の生徒会もあるけれど。やつら…どうやって選ばれたんだ?
もし、主人公が生徒会長で学校を好き勝手やりたい放題、というマンガやゲームがあったら情報求む。新ジャンル「生徒会強権萌え」を作るので。
2009-07-25 11:24 | 短文 | §
草間弥生が普通に世間に受け入れられているのを見ておどろいたのだった。
鮮やかなピンクやブルーの水玉模様。それで作品のすべてを覆い尽くしてしまう芸術家、草間弥生はかなりクセのある存在だ。一時インターネットで爆発的に流行した「蓮コラ」のような感染力のある作風で見るものすべてを呑みこんでしまう。水玉。水玉。そして水玉。作品だけでなくて、本人も一度見たら忘れられないぐらいのインパクトがある。派手に染めた髪の毛と水玉模様の衣装と、そして何より、岡本太郎のようにこちらを凝視してくる目線。まさに芸術家は芸人であって、彼ら自身も芸術のうちで芸のうちだと分からせてくれるお手本のような存在だ。

そんな草間弥生がデザインした携帯電話が出ると聞いたときはコーヒーを吹き上げてしまった。たとえではなく、リアルの話で。そして実物を見た。想像通りだ。水玉模様だ。まるで悪夢だ。
見れば見るほど気分が悪くなる痛快なデザインでたいへんよろしい。不健康そうなツブツブとイボイボは、指先で携帯電話に触れるのを想像しただけで寒気がしてくる。うん、とても味わい深い。色彩も鮮やかで、発売する携帯電話会社のカラーによく似合っている。こうして他人事として見ると、なかなかに面白い話題として楽しめる。しかし一方で、ひとつの言葉が頭をよぎる。
「誰か止める人はいなかったのか」
草間弥生を、ではなく、携帯電話会社の企画担当者のことだ。大きなお世話だが、私には気になって気になって仕方がない。売れるかといえば、売れないだろう。となると、パフォーマンスの一環だろうか。しかし、この携帯電話によってブランドイメージが上がるかと言うと、とてもそうは思えない。「気持ち悪いデザインの携帯電話を出したふざけた会社」というイメージがついて終わるだろう。株主総会で「いったい何を考えているんだ」と質問が飛ぶだろう。きっと飛ぶに違いない。私が株主だったら言う。
前衛芸術は万人受けするものではない。裏返せば、好きな人だけが好きということだけれど、好きな人でさえも四六時中接していられるようなものではない。前衛芸術は見ているだけで体力を使う。感じたり、触れたりしているだけで体力を搾り取られてしまうものなのだ。万人受けしないということは、それだけ人からエネルギーを吸い取るだけの力を持っているということだ。そんなものを四六時中身につけておくものと組み合わせてしまう。その発想は、すごい。とても私には真似できない。そして、そういう人とはできれば一生関わりたくない。
それはさておき、これだけクセのある作品をメディアに登場させて、さも当たり前のように企業プロモーションに取り込んでしまっているのが不思議で仕方がない。草間弥生って、表舞台に登場させてはいけない人なんじゃないの。だって、テレビでいきなりツブツブが映ったらびっくりするだろう。泣き出す子供もいると思う。たまに発作的に見たくなるぐらい軽度な草間弥生フリークの私でさえ、見る前には心の準備が必要だったりするのだから。
草間弥生が野放しにされているうちは、おちおち携帯カタログや雑誌、テレビも見られやしない。そういって私は、はじめからテレビを見る気がないのにテレビの電源をつけない理由をさがしている。草間弥生に栄光あれ。
http://iida.jp/products/art-editions/yayoi-kusama/dots-obsession/
(※心臓の弱い方が一日二回以上見る場合は医師のアドバイスを受けて下さい)