携帯電話、モノとして見るか? サービスとして見るか?

2007-03-06 00:28 | 雑記 | 携帯電話、モノとして見るか? サービスとして見るか? はコメントを受け付けていません。

いまから40年以上前、梅棹忠夫という人が「モノの価値はモノが持っているのではなく、モノの中にある情報が持っている」ということを発見して情報化社会を予想しました。商品の価値がハードウェアとしての価値とソフトウェアの価値に分かれるという、今となっては当たり前のような話です。でも、こうしてハードとソフトという概念、モノとサービスという概念が一般的なものになっても、やっぱり直感的には理解できなかったりすることが多いのです。

今日は休日だったので買い物に出かけました。いま使っている携帯電話は3年近く使い続けている端末(premini)で、最近になってFOMAで魅力的な端末が出たのでFOMAに変えてもいいかなと考えていました。ドコモショップに行ってお目当てのFOMA端末(D703i)の値段を見て、安かったので変えようかどうしようかと逡巡しつつ端末を触ること10分ほど。

↓その時の思考はこんな感じです。

FOMAにすると電波が入らないかもしれない。でも見やすい大画面でiモードができる。preminiよりちょっと重くなるけど、それでも携帯電話にしては軽い。デザインも最高だし、2chスレでも神認定一歩手前といったところ。電波が入らない問題はデュアルサービスでmovaを併用すればいいかも。そもそもセキュアじゃない2Gを使い続けるのはどうなのか。いやしかし長年親しんだこの端末から乗り換えるのは惜しい。3年かかってようやくpremini使っている仲間を発見した。職場でも大半がFOMAで話のネタにもなる。もう少し待てば社費で3Gが使えるかもしれないし、せっかく安いままの旧料金プランを手放してしまうのもどうなのか。。。。。。

最終的な決断は「機種変更しない」になったのですが、その決め手となったのが「D703iは最薄最軽量でもシルエットがpreminiに比べて大きすぎる →だからpreminiのようなインパクトがない →所有欲が沸かない」ということでした。まあ、これ自体は本当にどうでもいい話なんですが、ここで取り上げたいのはFOMAという「サービス」の選択に端末という「モノ」が大きな影響を与えたということです。

ご存じ携帯電話というものは通話とか通信のサービスを提供するものなんですけど、けっこう端末の魅力も重視されるんですね。用が足りること(サービス)を重視する人と、所有欲やステータスシンボルを重視する人がいる。デジカメもノートパソコンもHDDレコーダーも液晶テレビもそうです。デジタルグッズ全般はそうです。

つまり、所有欲を重視する購買層にとって、デジタルグッズはハードの価値がソフトを含めたモノの購買決定に影響を与えるのです。ワンセグ見ないしワンセグ視聴地域にいなくても、ワンセグ携帯がやたら売れるのと同じです。ワンセグ(≒大画面液晶)というプレミアムを持ちたい人が所有欲を満たすために買うのです。

私の場合、FOMAは通信速度が速いとかパケット料金が安くなるとか音質がいいとか高機能だとか大画面だとか、そういったメリットを「持った感じデカいね」が一蹴したのです。携帯をサービスとして見ている人はどんどんFOMAにするし、モノとして見ている人はどこまでも端末しか見ないのです。

言いたいのは、モノの魅力とサービスの魅力、両方が問われるような商品はモノ重視派とサービス重視派で見方がまったく異なるということです。携帯電話は本来「つながる」サービス提供端末なのでサービス重視派がいるし、アクセサリー代わりに持っていることの価値を重視するモノ重視派もいる。パソコンも同じように二つに分けられますね。役に立つからとパソコンを買ってあれこれ始めるのはサービス派。まずパソコンを買って、それから使い道を考えるのがモノ派。音楽を聴きたいからiPodを買うのがサービス派。iPodを買ってから音楽を聴き始めるのがモノ派。

となると、日本の製造業的な考え方である「良質なものを作れば売れる」という考え方は古くなっているのかもしれませんね。みんなが良質なものを作っているからそれだけでは売れない。ポータブル音楽プレーヤーひとつとっても、音楽を聴きたい人に機能(つまりソフト的な価値)を提供することにかけては各電機メーカーはうまかった。でも、所有欲に訴えかけるような方法(デザインやUIやプロモーション)で「別に音楽を聴きたいわけじゃないけど」な人も開拓したAppleの方が一枚上手でした。やはり所有欲は無視できないものになっているのです。

はてさて、

元の話に戻りますが、携帯電話をモノとして見ている私はおそらく次にあっと言わせるような端末が出てくるまでpreminiを使い続けるのでしょうね。よほどのことがない限り、ずっと私は携帯電話をアクセサリーの一つとしてしか見られない気がします。

iPodのようにみんなが所有欲をかき立てられるような端末って何でしょうね。少なくともiPhoneではないと思いますが。

参考

梅棹忠夫 – Wikipedia

梅棹忠夫 「情報の文明学」 中公文庫 – 論文「情報産業論」収録

FOMA D703i

Apple – iPhone



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