やつが来た。
【5月27日 金曜日】
昼過ぎから虎ノ門にて携帯通信会社W社の筆記試験、面接など。ぶっ通しはかなり堪える。終了は夕方頃になってしまったが、新宿まで出て東京麺通団で釜玉うどんを食べる。この店がどんな時間でもうまいのは作り置きをしてないからという単純な理屈からだろう。今日の場合は茹であがるまでかなり待たされたが、うまいもののためなら往復20分以上かけても新宿まで来るさ。何分かかっても出てくるまで待つさ。
おまけにここは回転率も高い。天ぷらもある程度のクオリティが保たれている。回転率を差し引いても今揚げたばかりのような掻揚の味は異様にうますぎる。何か妙な粉でも使ってるんじゃないかと疑いたくなるくらいの質だ。
疑問を感じなくてもとらえ直すためにはいい本かもしれない。
タイトルの問いかけについて著者はまえがきで「何のために? などと自問しなくても働けるようになるために働く」と答えている。はっきりとした答えは見つからなくても、それを考えるための材料となるに十分な意見、考え方、データ、エピソードが詰まっている。「教師を親に持つ子供は教師になるか、とんでもなくアウトローな職を選ぶ」「接待に隠された日本の文化がある」「嫌われる『オヤジ』像は団塊世代にしか見られない」などといった過激な指摘や言いっぱなしの意見にあふれていて非常に面白い。著者は違うが、大学進学する人のための「大学で何を学ぶか」も同様に身も蓋もない内容にあふれている。どちらも真に受けるのではなく、笑い飛ばしながら読むための本。
【5月28日 土曜日】
昼過ぎから六本木ヒルズにて総合IT会社Y社の面接。前回の面接が個人面接だったのに最終面接が集団面接。よく分からない。面接に呼ばれる最終グループだったので1時間ほど待たされて緊張の糸が切れそうになる。ちなみに前回は30分待たされた。どうにかして欲しい。でもおかげで同じグループの人と喋ったり、案内の社員さんも交えて喋ったりして楽しかった。Y社のエンジニア志望というだけあってクセのある人たちが集まっているなという印象。
終了後、ケバブ目当てに秋葉原まで向かう。駅を降りてから気がついた。休日なので人大杉。並んでるかなーと思いながらケバブ屋台の前に行くと5人ほどが並んでたので列に加わる。ここはひどいときだと20人以上並ぶんだよな。アキバ分とケバブ分を補給してツヤツヤの顔になり、書泉に寄って帰る。
夜遅く、F先輩がはるばる筑疲までやって来る。招かれざる客リターンズ。
とりあえず夕食を食べに南にある焼き肉屋へ行くと順番待ちほどに混雑していたのでパス。さらに歩いて薄味のおいしいラーメン屋「戎」に行くもすでに閉店済み。さらに歩いてRanRanに行くと「店主怪我のためしばらく休み」と書かれていた。しまった忘れてた。さらにさらに歩いて韓国料理屋「高麗」へ。むちゃくちゃ歩いた気がする。車がないのってつらい。
これから3日間、F先輩を泊める予定だ。
別に日常生活で努力して品をよくする必要はないが、普段やっていることをちょっと変えるだけで好感度が上がるということを教えてくれる本。
「一度にするのはひとつの動作だけ」「食事をするとき手皿はしない」「レジ前でお金のやりとりをしない」「ポケットには何も入れない」など。知らないでやるか、知っていて状況に応じて判断するか、この差はかなり大きい。
【5月29日 日曜日】
疲れていたのか2人して10時間ぐらい寝て、起きたのは11時。近所のインド料理屋「ミラ」で昼食を食べる。今日もおいしかった。
その後大学までぶらぶら歩く。といっても歩く距離はすでにぶらぶら歩くというレベルではない。ほとんどウォーキングだ。6km以上は歩いたかな。日曜日なので誰もいなかった。
夜になり、風呂に入りに大学の宿舎へ。別にうちのアパートのシャワーでもいいのだが、うちに遊びに来た人はきまってうちのシャワーを嫌がるので仕方がない。掃除して前より綺麗にしたというのに。20分ほど歩いたところにある宿舎の風呂は一回170円。休日で営業時間が短いため全体的に混み気味だった上に体育系の学生真っ盛りだった。奴らうるせー。
帰りにちょっと足を伸ばして昨日いけなかったラーメン屋へ。ここは塩味がうまいのだが今日は趣向を変えてみそ味を頼む。うーん、味噌はあんまりだなあ。甘くなくて酸っぱい。やはり中華風薄味スープと小麦の素材が香る戎ラーメン(塩味)だな。
帰ってきてからF先輩と2人でN君に電話をかける。彼は私と同級生で、F先輩とともに同じ部活だった。彼の特徴を一つあげるとすれば「のび太」、彼の特技を一つあげるとすれば「いじられること」としか言いようがない。どうやら彼は教育実習の真っ最中らしい。てっきり中学生になめられっぱなしかと思いきや、意外とそうでもないらしい。最近の中学生って大人しいのかな。
鉄道に詳しいF先輩といろいろと話をする。JRの体制が変わるまでに福知山線のような大事故がもう一度くらいは起こるだろう、とのこと。他にも内側の人間としての意見をいくつか聞く。
【5月30日 月曜日】
F先輩は予定があるらしく朝早くに東京へ。私は昼前まで寝てE社の内定者懇親会へ。あいにくの雨でかなり濡れる。
E社会長の講演を聴く。業界では知らない人はいないだろうが遠すぎてよく見えない。その後新規事業担当の説明を聞き、CFOからの挨拶があり、人事部長から処遇について説明、そして先輩社員との懇談。今のところ内定者は40人程度。最終的には70人程度になるとか。自己紹介での大学名を聞くと関西の私立大学が目立っていた。私の知らないキャラクターばっかりだ。特に5カ国語に堪能だというブラジル出身者が印象に残った。
東京駅地下の揚州商人でワンタン麺を食べて帰る。22時頃にF先輩が帰ってきたのでいのいち亭へ。同じ高校出身のAさんとIさんと一緒に飲む。F先輩は23歳(22歳だが本日24時に誕生日を迎える)、私は21歳、Aさんは20歳、Iさんは18歳。世代間のギャップを大いに感じる。
言うまでもなく4月にあった例の事故の影響で売れ続けている本。正確な理由を環境やシステムや思想などの面から分析している。
日本の鉄道は秒単位で正確だ。時間だけでなく停車位置までセンチ単位で正確だ。このことに外国人はひどく驚くらしい。潔癖性なくらいトイレを清潔にしたがることと同じくらい驚異的らしい。日本の鉄道の正確さは何年というスパンで築かれたものではない。文明開化後の鉄道敷設から百年以上をかけて、何万人という鉄道員の毎日の膨大な努力によって成り立っている。江戸時代に宿場町ができていたこと、時を知らせる寺院の鐘があったこと、建築技術が発達していたことなど遠く200年以上前の事情から遡って裏付けられる「世界一時間に正確な国民」の性格、さらに天皇陛下が巡幸するための「お召し列車」や正確な鉄道時計の存在などどれ一つとっても日本独特の事情によって鉄道は正確になったと説明している。
さらに現在の「あらかじめ決められたダイヤに一秒たりともずれがなく、問題が起きれば解決にものすごい労力がかかる」体制には無理があることを指摘し、コンピュータの発達が鉄道運行の情報量に追いついてきたことを挙げて、これからは「ダイヤにとらわれずに柔軟な運行をし、問題が起きても簡単に修復できる」体制が必要だと結論づけている。例の福知山線の事故が関係あるのかどうかは知らないが、後半部分は「鉄道はこのままでは危ない」という危機感が色濃くでている。
§ コメントをどうぞ
§ トラックバック先
管理者の承認後に表示されます。
